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zoom RSS 坂本龍馬と近江屋  京都逍遥その6

<<   作成日時 : 2006/09/25 21:28   >>

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京都一の繁華街ともいえる 三条通りと四条通りにはさまれた 河原町通りを
南へ この街も 年々新しい店が出来ては消えていき 古都という 雰囲気も
ここでは 感じさせません が 一歩奥へ入ると そこは 千年の都の跡
立ち上がる歴史の重みは 他の都市では味わえないものがあります

さて 梶井基次郎の 「檸檬」で 有名な丸善跡(昨年 閉店 惜しい 私は京都時代に色々とお世話になりました ちなみに梶井がレモンを置いたのは 三条通り麩屋町の初代の丸善で
ここは2代目の丸善でした)を通り過ぎると 反対側に 坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難の碑があります
 
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写真上は 河原町通り(南向き)で 大正時代に拡張されています 当時の道幅は 東側の歩道の幅ほどしかありませんでした
ちょうど 写真の中央の車道と歩道の間あたりが 近江屋の 奥で その2階 客間で 1867年12月10日 坂本と中岡が 襲われました

龍馬暗殺はよく知られているので状況は はぶきます  犯人や犯行動機も色々説があるのではぶきます  坂本はまもなく死亡 中岡も 2日後に亡くなりました 

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写真上は 中岡が近江屋に坂本に会いに行く前に 立ち寄った谷千城の宿があった小路です
                   (ビアホールミュンヘンの奥あたり)
        たまたま 谷は 不在で そのまま中岡は 近江屋へ そして・・・・・

谷が在宅であれば 中岡は 近江屋へは遅れていくか あるいは 谷を連れて 風邪をひいていた坂本の見舞いに行ったか・・・どちらにしても状況は変わっていたかも
池田屋の時の桂小五郎といい歴史について もしかを考えるのは意味のないことか・・
    

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 谷の宿のさらに奥にいくと 池田屋騒動の発端となった 古高俊太郎の枡屋がありました


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        おまけで 昼間の 先斗町です  夜じゃないのが残念です


  維新前夜の群像  坂本龍馬  中公新書
   このシリーズは 絶版になったのかな? 古本屋で探して読んでください
   西郷隆盛上.下 は なかなか 見つからないかも




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コメント(1件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
愉しくブログ見させてもらっております。

京都の歴史など、とても興味深い内容なのですが。
学者さんだからでしょうか。
私には説明がマニアックすぎて、よく内容がわからないのです。
「バカ」な私にも判るよう御配慮いただければ有り難いのですが・・・。
焼ちくわ・チーちくわ・にせちくわ
2006/09/28 12:34

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