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zoom RSS 今城塚古墳は本当に継体大王の陵か?

<<   作成日時 : 2007/03/05 20:23   >>

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高槻市にある 今城塚古墳の史蹟整備にともなう
第10次発掘調査で 横穴石室の土台となる
石組みが見つかった  (3月2日付)

画像

           高槻市のHPより 整備後の今城塚古墳


ちょうど 私の家の窓から 淀川をはさんで 前方に阿武山(藤原朝臣鎌足の霊廟がある)
があり その下あたりにこんもりとした 森のような丘の今城塚古墳が見える

現在の今城塚古墳は 墳丘がかなり削られて低くなっているが 築造当時は
巨大な前方後円墳として 淀川や 河内湖を行き交う船からよく見えたはずである
 
この今城塚古墳が 真の継体天皇(大王)の陵墓でないかといわれているのだが
このあたりにもうひとつ 巨大な前方後円墳がある それが大田茶臼山古墳で
現在 これが継体陵として指定されている
 
しかし 初めて今城塚古墳を訪れたときは驚きましたね・・・
荒れ放題の何がなんだかわからない墳丘と 畑やグランドと釣り池になっていた堀
すでに 継体陵の可能性ありといわれていましたから 私は思いましたね
これは宮内庁があわてて陵墓指定にする前に 調べてみなくてはと

しかし 大型埴輪(家形埴輪)が 発見されようが 築造年代が確定(6世紀初め)しょうが
宮内庁は知らん顔でしたので 私は 学生のアベックの目を気にしながら 墳丘のあちらこちら
をこれまでに何回か調べて回りました
 
ほぼ大王陵としての古墳に一般人が立ち入れられるのは今城塚古墳しかないので
貴重な経験です まだの人は一度訪れてはいかがでしょう

さて 今城塚古墳が 継体大王の陵墓の可能性があるとのことですが
一体 継体って何者なの・・・・?

すこし 乱暴な言い方をすれば 天武・持統朝になって 律令制度が確立するまでの
日本は まったくの 渡来人たちの国といってよかった 命をかけて 日本に
渡ってきた 朝鮮 中華の人たちが 古代日本の歴史を作ったといってもおかしくない
 
渡来人たちは 日本の各地にそれぞれ棲み分けをしており 
有力な渡来氏族は おらがところから大王をだすべー
おらが 土地に大王の墓ば造るだべーって競い合っていた 

そんな 時代の混沌した世情の中から 継体大王は 選ばれた
それぞれの有力渡来氏族たちの大王になるための通過儀礼を経て・・

謎の大王継体天皇文春新書
  継体大王の正体と時代背景について 興味深く解説しています
   
 
謎の大王継体天皇 (文春新書)

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今城塚古墳
最近、話題になっている今城塚古墳です。想像を絶する時間を越えて、今ここに存在すること自体に敬意を表したくなる厳粛な気持ちになります。 もう少し綺麗に管理がされていたら・・・と残念な想いも少しありますが・・・。いま工事をやっているようです。撮 影 日 2006年4月撮影 ...続きを見る
高槻のええとこブログ
2007/03/28 12:27

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