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zoom RSS アテルイ 「阿弖流爲」の首塚 探訪記 序章

<<   作成日時 : 2007/06/10 19:02   >>

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前回 坂上田村麻呂の墓の話題を取り上げたので
墓つながりということで 今回 アテルイ 「阿弖流爲」の首塚を訪ねてみました
「阿弖流爲」の首塚は 私の家から近く 京街道(東海道)を歩けばすぐです


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      三栗付近の京街道(大坂方面) ほぼ 旧街道の道巾のままです


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   黄金野付近の京街道(京方面) 道が拡張されて 住宅の生活道路です


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               今にも雨が降りそうな 街道を 牧野へ



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街道沿いにある 片埜神社への参道 この参道跡を行けば近道ですが
街道をそのまま 牧野まで歩いてみます ちなみに この2つの灯篭は江戸時代のもの(享和年間)



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             京街道は 穂谷川の堤防上に 



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         雨が降ってきました 牧野の明治橋です
私の子供のころの 明治橋は車が一台通れるくらいの小さな橋でした  
堤防上の街道は 明治橋で穂谷川を渡りますが 明治時代以前は 
もうすこし先で 徒渡りで穂谷川を渡っていました 
もちろん 堤防は今より低いし 川巾も広かった
   


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明治橋からすこし先の 前島街道(左)との分岐 
右は京街道(通行不可)


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前島街道の道標 本来は 明治橋の橋のたもとにありました
道路工事のたびに 移動しています
      
                             アテルイ 「阿弖流爲」の首塚 探訪記  その1へ




    

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
初めまして y&mと申します 
道標に興味がありましてコメントさせて頂きます
工事の度に元の場所から移動してしまうのは
ある面仕方がない事でしょうが残念ですね
それにたいていの場合 その都度土中に深く
埋め込まれて下部の文字が見えない場合が
多くなるようで こちらも何か対策をこう
じて欲しいと思っています
大阪府は明治30年代あちこち道標を設置
しているようで一度図書館にでも出向いて
調べてみようかとおもっております  
y&m
2007/06/11 10:41
コメントありがとうございます

工事で移動したものは 
ちゃんと元の方向に立てればいいけれど
向きが逆になっているものもあります
大方の道標は工事の後 元の場所か 
すこし移動させていますが
なかには 行方不明になっているものもあります
奈良大和街道にあった道標が 
リサイクルショップの店先に置かれて
いるのを観たことがありますが 
どういう経路でそこに?です
大阪の道標を調べるには
武藤善一郎さんの
「大阪の街道と道標」改訂版 サンライズ出版が
いいでしょう  
街道の道筋はおおざっぱに書かれていますが
全行程を歩いて調べられています 
今ではなくなっている道標も記載されています

「伊勢路に道しるべを訪ねて」    サンライズ出版
「旧京街道(大阪〜京都)と道標」   大阪市立旭図書館
「熊野古道を訪ねる」        産経新聞生活情報センター
「高野街道を歩く」         産経新聞生活情報センター
           武藤善一郎さんの道標シリーズです
なぎさの民俗学者
2007/06/11 22:00
ご丁寧なお返事ありがとうございます
武藤氏の書かれた「大阪の街道と道標」
は私も大変興味深く拝見しております
残念ながら出版元や武藤氏のお手元にも
在庫が無く 現在は大阪市立図書館で
時々閲覧させていただいております
武藤氏のご努力には「よくぞここまで」
と頭が下がる思いですね 
y&m
2007/06/12 14:20

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