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zoom RSS 太閤堤の護岸遺構発見

<<   作成日時 : 2007/09/06 12:59   >>

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ちょと 他に気を取られている間に面白そうな 発見や発掘がありました

法隆寺では 伝若草伽藍跡から 斑鳩寺?のものとおもわれる鴟尾瓦が出土
                                           (8月29日付)
今回発見された鴟尾の破片からの復元によると かなり大きな建物が
あったようです  
斑鳩宮と斑鳩寺の位置関係はどうなっているのか?
聖徳太子はどこに住んでいたのか? そもそも 聖徳太子はいたのか? 
まだまだ 謎だらけです

京都 笠置山で 元弘の乱(1331〜2年)に 後醍醐天皇が立てこもった時?の
建物跡や排水溝跡が 現在の笠置寺付近で見つかった
                                    (8月30日付)

太平記の記述どうりに この場所で後醍醐天皇は 幕府側と戦いますが
なにせ 数が違いすぎます  後醍醐天皇は捕らえられて 隠岐島へ 
翌年 ようやく 尊氏や新田義貞のおかげ?で倒幕


京都 宇治市兎道の宇治川右岸で 羽柴秀吉が造らせた 太閤堤の護岸遺構
が見つかった               
                                     (9月5日付)

画像

                                       宇治市歴史資料館


秀吉さんは 土木工事の大好きな方です
この 伏見周辺の 土木工事は 伏見城築城と城下町建設にともなう
交通の利便性を考えてのこと 宇治川を付け替えて 巨椋池に堤防を築いています


画像

                                    淀川資料館
淀川資料館 HP http://www.yodo-museum.go.jp/

京・伏見歴史の旅  山川出版社
京・伏見歴史の旅

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金閣寺の歴史
金閣寺の歴史1397年(応永4年)足利義満が別邸を造って隠棲した。15年に没するまで政治の中心となりその後、義満の法号にちなんで「鹿苑寺」と号するようになった。現在の建物は昭和30年に再建されたもの。尚、昭和62年に金箔が張り替えられている。1994年には古都京都の文化財として世界遺産に登録された。鹿苑寺(ろくおんじ)は、京都市北区にある臨済宗相国寺派の寺院。通称金閣寺(きんかくじ)、山号は北山(ほくざん)。中心となる建築物である舎利殿を「金閣」、寺院全体を「金閣寺」と言う。... ...続きを見る
金閣寺の歴史
2007/09/08 03:11

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