なぎさ

アクセスカウンタ

zoom RSS 東海道(京街道) 枚方宿 今昔案内 その3

<<   作成日時 : 2007/10/29 19:16   >>

トラックバック 1 / コメント 0

枚方宿のつづきです

本陣跡を過ぎて すぐに道標があります

画像

           左 枚方街道  すぐ 国道第2号路線

この道標は 明治になってからのもので 枚方街道は 枚方の渡しで対岸の高槻市
の大塚村に至り堤防上から高槻城下に至り 京口で西国街道へ至る道と宇野辺で
亀岡街道に至る高槻街道につながります
国道第2号路線というのは 京街道のことです

昭和5年に枚方大橋が完成するまで 対岸の高槻とは 渡し船でした
国鉄東海道が開通すると 郵便物を高槻駅まで運ぶこととなり
大塚村から 下流に渡し場が変更されました 郵便物を運ぶので
郵便屋の渡しと呼ばれました




画像

                   東海道(京街道)

枚方宿は 東海道の宿場として成立する以前は 真宗の門前町として栄えていました


画像

            願生坊横の街道へつながる道にある蓮如上人の碑 

少し 街道を外れると 蓮如(1415〜1499)の13男又は8男?実如(1458〜1525)が
建立した寺が基になった東本願寺別院が後に 願生坊と呼ばれるようになる


画像

                   枡形の道

さて 街道にもどると ちょうど 道が枡形に曲がるところに浄念寺があります
街道を枡形に曲げるのは 本陣を守るためです

画像

                          浄念寺

浄念寺は蓮如の弟子のひとり 岩見入道浄念が1495年に建立 
後に西本願寺の門跡御坊になった  
願生坊が「東の御坊」と呼ばれ 浄念寺は「西の御坊」と呼ばれた

願生坊は戦国時代に 本願寺門徒衆と対立していた
織田信長の軍勢に焼き討ちされたりしました

浄念寺は もともと この場所にはなく 淀川べりにあったのですが
1768年に現在の場所に再建されました 明治になり 北河内三郡の
役所が置かれたりもしました
 
                                         つづく  その4へ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
亀岡の4社寺、ライトアップ
京都府亀岡市内の4カ所の社寺が8日から順次、ライトアップされる。昨年は2カ所のみだったが、今シーズンは見どころが増えた。府指定名勝の庭園がある龍潭寺(りょうたんじ)(亀岡市稗田野町)では、初めての実施される。 ライトアップは、紅葉シーズンの観光スポットづくりを目指して、市観光協会が2年前から取り組んでいるとのこと。 初のライトアップとなる龍潭寺は、8日から15日までの午後6時−同9時、60基のライトで境内を照らし出し、7日にあった試験点灯では、境内中央の池を囲むモミジが水面に... ...続きを見る
京都日記~独り言~
2007/11/08 12:10

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
東海道(京街道) 枚方宿 今昔案内 その3 なぎさ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる