なぎさ

アクセスカウンタ

zoom RSS 銀閣寺 創建時の石垣を発見 とネコの足跡

<<   作成日時 : 2008/01/19 13:00   >>

トラックバック 1 / コメント 2

足利義政(1436〜1490)が山荘「東山殿」として京都市左京区創建した
銀閣寺(慈照寺)の境内で 創建時の15世紀後半とみられる
石垣が見つかった
京都市埋蔵文化財研究所によると
石垣は銀閣(観音殿)から約60メートル北の丘陵地の山裾で見つかった
南北約6メートル 東西約5メートルのL字型の長方形の花崗岩で
高さ約60センチに積み上げられていた
上部には土砂崩れや洪水などで16世紀に崩落した跡があり
本来は120センチほどあったらしい
さらに南側には東西方向に高さ0.8〜1メートルに
土を盛った3か所の堤状遺構もみつかり 
丘陵から流入する土砂や水を堰止め
建物を守る役割を果たしたらしい
付近の丘陵には義政が建立した持仏堂「西指庵」があったとされ
同研究所は「石垣は16世紀後半のものが多く 
それ以前に作られた室町時代の石垣は創建当時の
境内の様子を知る貴重な資料」だそうです
                              (19日付 ) 


画像

         国宝 銀閣(観音殿)1489?年

画像

         国宝 東求堂(持仏堂)1486年

室町幕府8代将軍 義政は 3代義満(1358〜1408)の頃の
ような政治体制の理想を掲げていたんだけど
地方で争いごとが絶えないし 何かと 嫁さんの富子とその実家が
口出しするは 誰も将軍の言う事を聞かなくなるはで
とうとうプツッンしてしまい 応仁の乱(1467〜1477)の
時も花の御所で遊蕩三昧・・・でひきこもってしまいます
後に息子義尚(1465〜1408)とも父子喧嘩して東山に移ります
ここで 東山文化と呼ばれる時代が築かれます 
義満の北山文化とあわせて それらの文化 芸術 芸能はひろく
庶民にも広がり 日本の文化の基礎が出来上がったと・・・・
司馬遼太郎は言っています・・・ね


それはそうと 私が気になった ニュースは
兵庫県姫路市四郷町の「見野古墳群6号墳」から
ネコ?ではないかとみられる小動物の足跡がついた
6世紀末〜7世紀初頭の珍しい須恵器が発掘された 
というニュースです

本当にネコの足跡とすれば 日本やってきたのは
奈良時代(8世紀)という通説をくつがえして
すでに古墳時代にネコが渡来していたことになり
日本史を塗り替える新発見ということになりそうだ
       姫路市埋蔵文化財センターと立命館大 (19日付)

それは 大発見ですよ 邪馬台国よりも!!
私は かねがね 経典類をネズミの被害から守るために
連れてこられたという説に疑問??をもっていたのです
日本に渡来人がやってきた初期段階で ネコも一緒に来ていた
とおもいますよ そんなに数は多くないけどね
だからといって 6号墳出土の須恵器のものがネコの足跡だとは
断定できませんが・・・

報道によると足跡は 杯身(つきみ)」と呼ばれるふた付き食器の内側に
直径約3センチほどのツメのない5つの肉球と掌球とみられる形がくっきりと残っていたという  この写真ないのかな・・・

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
【ネットができる宿|銀閣寺至近の一軒家】銀閣庵
銀閣(慈照寺観音殿)へ行くのに便利。 ...続きを見る
ぱふぅ家のサイバー小物
2017/08/27 09:04

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは~~♪
ネコは外国から、渡来した動物だったのですか。まったく知りませんでした。野生の山猫から家猫に、環境適応したものだと思っていました。^^
mikomai
2008/01/31 19:10
コメントありがとうございます
ネコは中近東あたりが 起源とされているそうで 日本にはすでに飼い猫としてやって来たので 日本本土には 純粋にワイルドライフのネコはいませんね(ふつうでは 人間が野生の山猫をペットにはなかなかできませんが ペットになっていたネコが野生化したというのはありますよね でも その場合は ノラ猫?ですか??・・)
なぎさの民俗学者
2008/02/02 22:30

コメントする help

ニックネーム
本 文
銀閣寺 創建時の石垣を発見 とネコの足跡 なぎさ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる