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zoom RSS 石清水八幡宮参詣記  その参

<<   作成日時 : 2008/01/03 13:22   >>

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石清水八幡宮参詣のつづきです
さて いよいよ男山山頂の上院本宮です
参拝の人たちが上院馬場前に溢れ返っています


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             三ノ鳥居前にある「神馬舎」
ここには いつも 奉納された 白い馬(神馬「五代目彌櫻号」)が
いるのだが本日は人が多いし 寒いので扉が閉まっています  
 


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            三ノ鳥居から上院馬場前



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本宮 南総門の前はあまりの人の多さに入場制限しています


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          とりあえず うしろに並びます・・・・・


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         八幡宮本殿 1639年建造 重要文化財        
         かなり 待ってからやっと中に 人に押されるように夢中で
         参拝(国際平和と家内安全)しました

石清水八幡宮・・・もともと 男山には石清水社(渡来系の氏社?)があり
           湧き出る泉を神として祭っていました
           859年に大安寺の僧行教(?〜?)が宇佐社の神託を得
           て 清和天皇よりこの地に国家鎮護の社を創建したのが
           始まり  男山は 平安京の南の鬼門にあたり 比叡山
           延暦寺と対で考えられていた            
           ここで元服して「八幡太郎」と称した源義家からのイメージ
           で源氏の氏神社とおもわれがちだが 源氏(清和源氏)
           の氏神社は ここから勧請した羽曳野の壺井八幡宮



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         本宮境内では 神矢の祈祷奉納の舞(神楽)が
         何回もおこなわれています
         これはアルバイトの女学生?・・かなり重労働ですよ



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  参拝を終えて 人込みにうんざりしたので 境内を離れて
  エジソン記念碑がある 広場へ このあたりは 静かです 
  この記念碑は  トーマス・エジソン(1847〜1931)が
  京都のこのあたりの竹を使って 白熱球の炭素フィラメントにしたという
  ここに 遠足にきた小学生はみんな知っている?有名な
  話がもとです




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             帰りは 裏参道を降ります



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             途中の燈籠に灯が入っています



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            やはり 旧参道道は通行止めです
            この旧道を降りていくと 石清水社から
            松花堂跡へ行けます あのあたりは
            男山のなかでも 深山と呼べる場所なんですが・・




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            途中にある 竹雨水の井 京都名水?



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          下まで降りてきて 屋台の出店で賑わう参道を
          横切り大谷川に架かる安居橋まできました
          
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           旧安居橋道標 この橋から一ノ鳥居あたりは
           近世東高野街道の起点です



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             大谷川と安居橋 
安居橋は「神わざにつかふる雲の上人もつきをやめづる秋の川はし」(安居橋の月)と歌われました
川の名は大谷川といいますが 古来この橋を中心として上下流約200メートルの間を殺生禁断の川として「放生川(ほうじょうがわ)」と称してきました
放生川も「そのかみにたれか放ちて此の川のたえぬばかりに蛍とびかふ」(放生川の蛍)と歌われ蛍の名所でした

放生の名や殺生禁断のことは 
貞観5年(863年)から幕末まで 「石清水放生会」(現在の石清水祭)で
この川に活魚が放されていたことに由来します
安居橋も 平安の昔から幕末まで行われていたという「安居神事」に由来します
現在の安居橋は 八幡市によって平成3年に架け替えられたものです


                                      おわり

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