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zoom RSS 今城塚古墳は今 どうなっているの?

<<   作成日時 : 2008/02/16 13:39   >>

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高槻市にある 今城塚古墳 以前 このブログでも取り上げたけれど
現在 高槻市と高槻市埋蔵文化財調査センターが史跡公園化整備中ということで 今どうなってんの?  とりあえず ぶらりぶらり歩いて行ってみました

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西国街道 芥川宿を過ぎて ぶらり歩くと 妙見道との分岐のところに道標があります  まっすぐの道は西国街道  右は能勢妙見山(宮)へ続く道


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道標 3基 手前の大きなのは 明治のもの ブロックに埋め込まれているのは江戸時代のものです  今城塚古墳には右 妙見道のほうへ 


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             妙見道を進みます


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              さらに進みます

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       ようやく 今城塚古墳が見えてきました 


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  古墳の外周に沿って フェンスがあり 中に入れなくなっています


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しかたなく フェンスの外から眺めますが かなり整備が進んでいます


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                  後円部


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         近づいてみます   内濠上部


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             外濠 かつて運動場があった   


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    外濠 一部畑になっているところ ここは私有地になってるの?

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                外濠の外側  土手を造る?


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これまでの形状を完全に無視して 復元作業をしていますね しかたがないことですが 在りし日の今城塚を知っているだけに 複雑です


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                 前方部



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整備後の完成図を見る限り 神戸市垂水の五色塚古墳のようにせず 墳丘は木々を残したまま あまり手をつけないようです
    
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                史跡 今城塚古墳

今城塚古墳は、6世紀前半の古墳時代後期に築かれた巨大な前方後円墳です。全長350m、2重の濠をもち淀川北岸では最大級の古墳です。かっては、墳丘や堤に円筒埴輪や形象埴輪をめぐらし、2重の空濠で厳然と画された広大な墓域を誇っていました。今城塚の名は戦国時代に三好長慶が出城を築いたことに由来します。
この古墳が真の継体天皇陵であるとしたのは歴史学者の故天坊幸彦氏でした。天坊氏は古代条里制を研究し、摂津の国嶋上・嶋下両郡の境界を示して嶋上郡にある今城塚古墳こそ、延喜諸陵式にいう継体天皇三嶋藍野陵であるとされました。
この説は考古学の古墳の年代感からも裏付けられています。天皇陵といわれる古墳は、大和・河内地方に集中していますが、唯一継体天皇陵のみが攝津の地に営まれています。
継体天皇(531年没)の出身地でもない摂津になぜ陵墓が築かれたか明らかではありませんが、淀川とのちの山陽道を間近に望む沃野に大王陵を誇示することにその意義があったと考えられます。
周辺には史跡嶋上郡衙跡附寺跡、史跡阿武山古墳をはじめ、弁天山古墳群、郡家中塚古墳、前塚古墳、狐塚古墳群、岡本山古墳群などがあり、一帯が『三嶋』の政治・経済の中心地であったことをうかがわせています。

                         平成元年10月

                               高槻市教育委員会

次は  太田茶臼山古墳(継体天皇陵)です
                                    つづく

継体天皇と今城塚古墳 吉川弘文館
継体天皇と今城塚古墳

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埋蔵文化財調査センター
高槻市埋蔵文化財調査センターは市内の埋蔵文化財を調査し、整理・研究する施設として昭和50年10月に開館しました。高槻市には今城塚古墳を始め多くの遺跡がありますが、当センターはこれらを調査し、貴重な祖先の足跡を保護・保存し文化財愛護の啓発を行っています。館 ...続きを見る
高槻のええとこブログ
2009/05/20 08:55

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