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zoom RSS 太田茶臼山古墳(継体天皇陵)

<<   作成日時 : 2008/02/17 00:48   >>

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現在 史跡公園整備のため 墳丘内に立ち入りが出来ない今城塚古墳を後に ほぼ旧道が残る近世西国街道を西にむかって ぶらり歩くとやがて太田茶臼山古墳が現れてきます 太田茶臼山古墳は現在 宮内庁が継体天皇陵に指定しています 


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      西国街道から すぐ横に入ったところにあります


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           継体天皇 藍野陵 太田茶臼山古墳

第26代継体天皇(?〜531)の陵(みささぎ)としての治定は1863年である それまで「徳川実紀」などによると このあたりの古墳(陵)は荒れていて継体天皇陵がどれだかわからなくなっていると書かれている
資料に出てくる 藍野陵の記述は西園寺公衡(1264〜1315)の「公衡公記」に 1288年に藍野陵で盗掘があり鏡が盗まれたとあるのが最後(この記述の藍野陵が 今城塚か太田茶臼山かは不明) 
やがて時代が下がって 幕末 尊王思想から 荒れ果てていた御陵を見直す気運がおこり 儒学者の松下見林(1637〜1703)が「前王廟陵記」で太田茶臼山古墳を藍野陵と比定 それを踏まえて 蒲生君平(1768〜1813)も有名な「山陵志」で太田茶臼山古墳を藍野陵(継体陵)とした

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           太田茶臼山古墳の外濠 


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                外濠2

太田茶臼山古墳は 未調査のため詳しい事はわかりません
延喜式の記述の嶋上郡との地名の位置関係や前方後円墳の造営編年とのズレ(太田茶臼山は5世紀前〜中期  今城塚は6世紀前半)  出土した埴輪等の制作年代と新池遺跡との関係などから 今では今城塚古墳が藍野陵(継体陵)だとされています

太田茶臼山古墳は今は天皇陵として 立派になっていますが もちろん 治定以前は 今城塚古墳と同様 荒れ放題になっていたと思われます


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太田茶臼山古墳の近くにある 太田茶臼山古墳陪塚C(宮内庁「と」号塚)  円墳のようですが墳長30mの前方後円墳です 人物埴輪が出土しました 後円部のみが「くすのき公園」内に残っているのですが 航空写真を見ると前方部もあるように見えます


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少し離れたところにある 前方部?ですかね

                                    おわり

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