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zoom RSS 蘇我氏邸宅跡 甘樫丘東麓

<<   作成日時 : 2008/03/31 18:41   >>

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後 半年ほどに迫った 北京五輪(8月8日〜24日)ですが 無事に開催されるのでしょうか・・・・ 開会式をフランスのサルコジ大統領が「ボイコットするかもしんねーぜ」と言ったとか言わないとかのニュースが入って来ました 日本はどうすんでしょーね アメリカの後追いですか・・・ね


奈良県明日香村の甘樫丘東麓遺跡で7世紀前半に権勢を振るった? 蘇我蝦夷(?〜645)・入鹿(?〜645)父子の邸宅ではないかと思われる建物跡が見つかった 

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                甘樫丘東麓遺跡     奈良文化財研究所

蘇我宗家が滅亡した「大化の改新」(645年)ごろに廃絶したとみられる建物跡で 奈良文化財研究所は「蘇我氏の滅亡と建物の廃絶時期がほぼ一致することが初めて考古学的に裏付けられた」として 地形的な特徴などから 日本書紀が城柵(きかき)や武器庫を備えたと記す入鹿の邸宅「谷(はさま)の宮門(みかど)」の一部との可能性が指摘されている

 同研究所は昨年11月から甘樫丘東麓遺跡950平方メートルを調査しており 大型の倉庫とみられる建物跡2棟(床面積約40平方メートル)や管理施設風の掘っ立て柱建物跡1棟(東西10.5メートル、南北3.6メートル)を検出 建物の残がいを片付けた際に掘られたとみられる穴の中から、641〜645年ごろの土器を確認したため 建物はこのころ廃絶したと確定したという
                                        (28日付)

長生きはするもので(年寄りか!!) 初めて明日香村の甘樫丘に登ってから40年あまり 当時佐藤栄作(1901〜1975)首相が視察に来た頃で 歴史好き少年にとって まさか蘇我氏の「谷の宮門」が見つかる?とは思いもしなかった 大化の改新以前の蘇我宗家に関してはあまりよくわからないことが多いので これから 研究が進むといいですね ついでに 「天皇記」や「国記」も見つかるといいのですが・・・・・・

落日の王子―蘇我入鹿 (上・下) (文春文庫 (182‐19))
この小説はこれまでの 蘇我氏(入鹿)のイメージどうりですが ここしばらく 新しい研究者によって 蘇我氏(入鹿)の別の見方が出てきています  天皇の地位や権力を握ろうとする策士のイメージから 大陸(国際社会)を見据えて国政を改革しょうとする有能な人物像にです
落日の王子―蘇我入鹿 (上) (文春文庫 (182‐19))

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