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zoom RSS 星降る里探訪記  星田妙見宮へ  その3

<<   作成日時 : 2008/03/16 12:58   >>

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徳川家康本陣跡の平井家を後にして 再び星田神社への道をたどります
平井家は 家康が宿泊した当時は 堀と梅園もあり 「梅屋敷」と呼ばれた かなり大きな屋敷だったといいます 


 
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                星田神社への道1



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                星田神社への道2 



星田の村落内の細い道をくねくね歩きます とても静かで 落ち着いた雰囲気です
星田には 河内霊場札所光明寺(12番)や慶長の十三仏の慈光寺(13番)などがあります その他 伝説の史跡とか旧蹟が多数あって 歴史の宝庫ですね・・・



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               星田神社に着きました


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境内は誰もいません 静かです

星田神社の創建時期ははっきりとわかりません 祭神は 住吉四神だそうですが 古代は物部系の饒速日命(天火明命)だったそうです 
星田妙見宮には 巨石があり 近くの交野山や磐船神社にも巨石があります 播磨の生石神社(石の宝殿)といい 物部氏には巨石信仰がつきまといます 
住吉系に変わったのも 物部氏が没落したために物部系の津守氏(住吉大社宮司 天火明命が始祖)が同じ饒速日命(天火明命)ということでこちらに進出してきたのでしょうか 
もともと 住吉三神(表筒男命 中筒男命 底筒男命)はオリオン座の三ツ星です 
星田の降臨伝説(北斗七星が星田の三ヶ所に落ちた 隕石?)といい 星に関することは 星をもとにして航海をして 安全を願っていた 海幸系の人々だといえそうです 海幸系の伝説が 星田の里(海に関係ない?)にあるのもこういったことが関係しているのかも・・・ 


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星田神社のとなりには 星田寺があります ここには 平安時代後期の十一面観音立像があります 像高140センチ 市指定文化財 もともと 妙見宮の東にあった小松寺の根本草堂の仏像でした 「河内鑑名所記」(1679)には「小松寺の観音」とあり 元禄16年(1703)小松寺が廃寺になったときに 星田神社の古宮の北側に観音堂を建て その中に祀られていましたが 明治初年の神仏分離の際に星田寺に移されたという (交野市史)

さて 寄り道はこれくらいにして 星田妙見宮に向かいます



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         星田神社から 妙見宮への道に出ます



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                妙見宮への道2

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      やがて 先ほどの四辻に こんどは 妙見宮のほうへ 曲がります

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