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zoom RSS 星降る里探訪記 星田妙見宮へ その5

<<   作成日時 : 2008/03/20 17:50   >>

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さて 妙見宮行くために 妙見山に登る 石段に取り付きます
しかし 誰もいません まわりが静寂につつまれています

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石段の登り口 左の赤い鳥居は下社稲荷社
誰もいません

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最初の石段を登りきると 絵馬堂があります
誰もいません


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絵馬堂をすぎると しばらくは平坦な山道を歩きます
誰もいません



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次の石段が見えます それほど高くない山ですので楽勝です
誰もいません



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石段の先に社務所が見えてきました 誰もいないと思っていたら 社務所の横の木のベンチに母親?と小さな男の子の親子が座っていました  男の子は すこし疲れた感じの母親から 新聞紙に包んだ白いおにぎりをもらうと 黙って食べていました 


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親子が気になったのですが 社務所横の石段をさらに登り 妙見宮の拝殿までいきます すぐそこです

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妙見宮(小松社)拝殿です 妙見山の山頂はこの裏をすこし登ったところです  誰もいません

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拝殿裏のご神体の巨石磐座(影向石) 3体あるのですが ここからは1つしかわかりません

星田妙見宮(小松社)は創建時期はわかりません 伝説では平安時代の弘仁年間(810〜824)に空海が私市にある獅子窟寺の吉祥院にある獅子の岩窟で虚空蔵菩薩求門持の修法中に仏眼仏母の秘法により 妙見山に七曜星(北斗七星)が降臨し 空海によって「三光清岩正身の妙見」「北辰妙見大悲菩薩独秀の霊岳」 「神仏の宝宅諸天善神影向来会の名山」の霊場として祭られたという 
江戸時代は星田の妙見さんとして栄えたが 明治39年(1906)に星田神社の境外社として小松神社となった
妙見宮の御神体は3体の磐座だが「妙見山影向石縁起」によると七曜星が降ったのはここと 星田村内の光林寺  高岡山(現星の森公園内)の3ヶ所としている  この3ヶ所の一辺が八丁約900mあり それが形作る三角形内(八丁三所)が三宅庄星田村と呼ばれ 星田の地名となった

さて 先ほどの親子が気になったので すぐに石段を降りて社務所に戻ったのですが もう誰もいませんでした しばらく 親子が座っていたベンチにいました 誰も来ないし 何か狐につままれたようで気味が悪くなり もう一度拝殿まで登り 磐船街道方面に向かう道を降りようとしました

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「三宅=妙見」説 〜「日本人の精神に「お宮」の心を持とう!」日韓共同で循環型共生社会創作〜
日本全国各地で「三宅」と名の付く地名・寺社・姓氏をご存知の方も多いはずでしょう。 三宅氏はここによると(http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%AE%85%E6%B0%8F)韓国朝鮮半島の百済からの帰化人による渡来氏系氏族と言う点が強いですが一説には古代王朝の(関西地区では大和飛鳥・河内王朝)大王の穀倉などが「屯倉(みやけ)」と呼ばれておりその管理者であった説やまた一説にはその大王の「宮家(みやけ」であったともいわれており諸説あるようです。また... ...続きを見る
八弖流為 〜ヤテルイ・反逆の陰陽師〜
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