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zoom RSS 星降る里探訪記 星田妙見宮へ その6

<<   作成日時 : 2008/03/22 22:30   >>

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前回のつづきです あの親子はどうしたのだろう?  不思議だ 不思議だと思いながら 拝殿横の磐船街道へつづく道を下ります


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拝殿横の磐船側の降り口  奈良方面や磐船神社を経由してこの妙見宮へ または ここから
磐船神社へ行く



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降りて すぐのところにある 豊臣稲荷社 この妙見山は 妙見宮(小松神社)とこの豊臣稲荷社がメインです



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稲荷社をすぎると なだらかな参道が続きます


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                    参道2



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途中にある 龍神社の祠



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下まで降りてきたところにある鳥居 妙見宮と豊臣稲荷社の鳥居になっています 


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鳥居からすぐのところにある 鎌倉墓(義晴地蔵寺)  中に入ってみます


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江戸時代ごろから このあたりに 地蔵仏などが埋もれていたのですが 明治時代にこの土地を入手した人が掘り起こしますと 地蔵石 墓石や骨壷 五輪塔 一石五輪塔 舟形板碑など 約200体が出土しました 時代的には 承久の変以降の鎌倉時代〜室町時代までです
掘り出された 石造物はきれいに並べられていたのですが 近年 戸田隆秀氏と中村泰造氏によって 屋根が建造されています
これらの 石造物は この近くにあった 小松寺(現在廃寺和銅5年(712)創建)と何らかの関係があるということです この小松寺の根本草堂には十一面観音があって それが今 星田寺にある十一面観音です(星降る里探訪記 星田妙見宮へ その3 参照)


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この 鎌倉墓には 「義晴地蔵寺」の別名があるように なんと 室町幕府12代将軍足利義晴(1511〜1550)の墓があります 義晴はたしか 滋賀の大津市穴太で亡くなっているはずですが・・・・なんでここに??ですね


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・・・・・ということですが なんか しっくりこないですね   (写真は拡大してください)

                    つづく  徳川家康のおまけへ

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