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zoom RSS 能勢紀行 その8 能勢の里から一庫ダムへ

<<   作成日時 : 2008/04/19 09:27   >>

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暖かい春の日差しの中 「県自然歩道ハイキングコース」になっている道を歩きます
このあたり 黒川をはさむ谷あいに広がる黒川地区は 里山の景観をまだ残しています

くぬぎの木にはカブトムシ 黒川には ホタルが飛び交うといいます (黒川の里山を紹介するパンフレットから) 



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「県自然歩道ハイキングコース」 道が二股に分かれています 右にいくと さらに里山の奥に分け入ります 迷子になるといけないので わたしは左のハイキングコースへ



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しばらく行くと 黒川小学校(休校中)が 現在は 黒川公民館になっています 黒川小学校は 創立は明治6年 現在の建物は明治37年建立ということで なつかしい感じののする 木造校舎です(なつかしいといっても 私は木造校舎で学んだことなどありませんが・・・・)



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まさしく 谷あいです    県道をはさんで向こう側に 桜と墓場が・・・・見えます



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民家の脇の畦道を歩きます これでも「県自然歩道ハイキングコース」です?ね・・
このあたりは 冬にはかなりの雪が積もります 屋根には雪の滑り止めがありますね



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やがて「県自然歩道ハイキングコース」は 県道と再び合流します バーベキューのいい匂いがする知明湖キャンプ場をすぎると 湖畔が見えてきました


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                        知明山と知明湖 
   
昭和57年に田尻川と一庫大路次川の合流地点に一庫ダムが完成しました 知明湖の名前の由来は ダム北側にある山が 古来より 銀や銅を産出する不思議な山 「奇妙山」と呼ばれ それが訛って いつのころからか「知明山」と呼ばれるようになったという 
ダム建設でできた人造湖は その山から「知明湖」と名付けられました 
知明湖は満水時の面積は約1.4平方` 甲子園球場の約93倍の広さだそうです

建設によって水没した家屋は、国崎地区を中心に32戸ありました その中でも貴重な江戸時代の民家2棟を 深山池公園(美山台3丁目)に歴史民俗資料館として移築しました
もちろん 水没したのは それだけではありません 旧国道173号線(近世能勢街道)も水没しています この能勢街道のルート(一の鳥居〜黒川)は江戸時代はかなり難所の道だったようです(摂津名所図会) しかしながら 街道筋は山で取れた銀や銅を精製して大坂あたりに運ぶ荷馬車でたいそう賑わっていたとも・・

                                      つづく  その9へ

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おおおおおおおおおおおおおお
2009/03/29 14:32

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能勢紀行 その8 能勢の里から一庫ダムへ なぎさ/BIGLOBEウェブリブログ
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