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zoom RSS 大阪 新世界 細見歩き その2

<<   作成日時 : 2008/05/06 00:43   >>

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さて ジャン横から いったん 横に抜けて 天王寺動物園の正面に出ます

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平日ですので 人もまばらです 私が 小学生のころは 遠足には必ず 天王寺動物園に行ったものですが 今はどうなのでしょうか 我家の子供たちに聞くと 動物園に行ったが 天王寺じゃないということでした
天王寺動物園は 上野 京都市に続いて日本で3番目に出来ました(大正3年開園 一般公開は翌4年) 当時の地形をうまく取り入れて造られた動物園でした  天王寺動物園でも 戦時中は悲しい物語があります 昭和18年当時 動物園では敵機が来襲し攻撃を受けて 猛獣が逃げ出す危険がある時点で射殺することにしていましたが 9月3日に上野動物園での動物処分が伝えられると 当時の大阪市長坂間 棟治ら幹部が緊急に会議を開き 危険動物の殺処分を決めました 9月4日から処分がはじめられ 昭和19年3月15日までに10種26頭が殺されました
しかし 動物園の動物処分については当時から賛否があり 軍による命令で止む無く実施されたかのように思われがちですが 最初はあくまでも 東京都長官大達茂雄が考えた「動物非常措置要綱」にもとずいたもので 上野動物園が先鞭をつけたために 他の動物園に影響していき これに便乗して 軍も積極的に処分を奨励しました  それでも 各地の動物園の飼育管理者たちが処分に抵抗したというエピソードは随分と残っています


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動物園のゲートからみた 新世界のメインストリート  高速道路の下には 何やら理由あり風?のおじさん おにいさんたちがたむろしています


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原色派手派手の看板 のぼりが目に付きます これぞコテコテの大阪というわけでしょうが あまりにも ステレオタイプすぎて 大阪人のこっちが恥ずかしくなります 昔の新世界とはすこし 色合いが違ってきていますね


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食べ物屋と土産物が多いです


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ビリケンの巨大な置物  大小のビリケン人形は 新世界のどこにでも売っています 

新世界は明治36年の第5回内国勧業博覧会の跡地に 明治45年アメリカの遊園地をまねた「ルナパーク 月の園」が開園したのが始まりです  その時に同じアメリカで流行していた ビリケンをここに持ってきたという もうすこし後だったら ミッキーマウスだったかもしれないよね 新世界にミッキー・・・いいね


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新世界名物 串かつ どて焼きも 見事にコテコテのお店が出現  女性でも安心して入れます


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これは 一体 何の店だ?と思って中に入ると ふつうの手作りパン屋さんで ふつうの女の子の店員さんがいました        


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とりあえず ぶらぶらと 通天閣の方へ


                                       つづく その3へ

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