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zoom RSS 柳生街道 その2 滝坂の道

<<   作成日時 : 2008/05/10 00:51   >>

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「柳生街道」歩きのつづきです 

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上街道から分かれた 道を歩きます まだ このあたりは元興寺の旧境内です したがって この道はまだ「柳生街道」じゃないでしょう? この先のすぐ左側に 大乗院庭園があります 大乗院は興福寺の門跡寺院で 1180年の南都焼討ちで焼失 その後 現在の元興寺の禅定院あった場所に再興されましたが 再び 奈良を襲った徳政一揆で焼失しました 1452年から 興福寺の尋尊によって 庭園と建物が再建されました このとき 庭園をプロデュースしたのが善阿弥です 入園は無料ですが なんといっても奈良ホテルに泊まって 朝 モーニングカフェを飲んだ後 散策するのがベターです・・・・私はしたことないですが・・



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左側 大乗院庭園 右側 今西家書院(旧興福寺大乗院坊官福智院氏の住宅を移築 現在今西家所有 重文)をすぎると すぐに 右側に福智院があります 福智院には 木造地蔵菩薩坐像(鎌倉時代 重文)があります かなり大きく立派な地蔵さんでこれは必見です 
福智院・・・本堂(重文)は1254年の建立です なんかかわいい本堂です 本尊の地蔵菩薩像(地蔵大佛・1203年)は丈六の坐像で台座下から光背の先まで 6.7m 光背の千体地蔵化仏は560体


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さらに歩くと いよいよ 奈良町のはずれに行き着きます そして右側の丘の上にこんもりとした木々が見えてきます それが史跡頭塔です こちらからは 木々がじゃまで 何もみえません
史跡頭塔は 1987年の発掘調査で 方形基壇の上に方形七段の階段状土壇を築いた土塔であることがわかりました 昔より 僧玄ム(?〜746)の頭を埋めた首塚との伝説がありましたが 「東大寺要録」によると 767年に東大寺の僧良弁の命により東大寺の僧実忠が土塔を造営したと書かれてあります  同時代の道鏡との混同や藤原広嗣の怨念などの逸話から 土塔がなまって頭塔と呼ばれたことから 玄ムの首塚になったといいます 実際には 仏舎利や経典を収める仏塔だということですが なぜか 日本には珍しい大陸的雰囲気がありますね 似た様なものに大阪府大野寺土塔 岡山県熊山戒壇などがあります


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頭塔の見学は ここから入るのですが 鍵がかかっています 見学するには 事前に 管理人の仲村太寶堂表具店さんに連絡しないといけません 今は まだ朝早いので見学できませんが・・・・

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                            国指定史跡 頭塔  大阪府高等学校社会科HPより





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さて史跡 頭塔をすぎると いよいよ 「破石町」のバス停 ここで道は枡形曲がっています 広い道をまっすぐに北に向かうと 東大寺南大門へ・・ ここらあたりは 奈良町のはずれ 平城京の外になります  「柳生街道 滝坂の道」の案内標のところを右に曲がります



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「柳生街道 滝坂の道」につづく道

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