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zoom RSS 東近江 道草歩き その4 旧ハ見寺跡へ 安土城跡番外編

<<   作成日時 : 2008/07/22 01:13   >>

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安土城天守跡から 来た道を七曲口道の二又のところまで戻り 今度は旧ハ見寺跡の方へ向かいます



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                 二又の道 右に曲がると ハ見寺跡へ



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      しばらく行くと また登り石段が・・・・ これを見て あきらめて戻る人がいます  ふう〜



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           ひとふん張りして 石段を登りきると 旧ハ見寺の本堂跡があります


ハ見寺(臨済宗妙心寺派で山号は遠景山)は 信長が安土城内に創建した寺院です 安土城中心部と城下町を結ぶ百々橋口道の途中に建築されているため 城内を訪れる人々の多くがこの境内を通らないと 信長の所に参上出来ませんでした これも 信長の演出ですかね? 当時はたいそう立派な伽藍が建っていましたが 残念なことに 1854年の火災で 三重塔と仁王門を残して焼失してしまいました 現在は 伝徳川家康邸跡地に寺地を移しています



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                     本堂跡から 琵琶湖(西の湖)




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     旧ハ見寺 三重塔 1454年建立 三間三重塔婆/本瓦葺き 総高20m  重文           
            甲賀郡石部町の長寿寺三重塔跡より移築されたといわれている




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三重塔より 石段を下ると 仁王門が・・・なにやら忍者でも出てきそうな雰囲気です

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                   仁王門 1571年建立 重文
          これも甲賀地方?の寺院の門を移築したのだが 詳しい事はわからない 


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仁王門の2対の金剛力士像(右側) これも 重文です 左の力士像も写真とったのだけれど 暗かったので ブレてピンボケでした


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一体何人の名だたる武将や公家 商人 宣教師などが この門をくぐっていったのでしょう 500年の歴史がずっしりときますね

さて帰り道は 仁王門から百々橋口道を下ります 百々橋口道のルートは 安土城築城当時と変わっていません 真っ直ぐに 城下の百々橋までつながっています 百々橋まで行こうとしたのですが 途中で通行止めになっていました 以前は行けたのですが 入山有料化にともなって ここから出入り出来なくなったのですね 百々橋口道はいわば 日常の安土城内へのメインロードです なんか残念ですね・・・ しかたなく 標識にしたがって途中で左に曲がり なにやら 山腹の道をぐるりと歩くと 伝羽柴秀吉邸の裏に出てきました そこから 大手道に出て帰途に着きました 

                                         つづく  沙沙貴神社へ


信長の夢「安土城」発掘 (NHKスペシャルセレクション)
日本放送出版協会
辻 泰明
TVのNHKスペシャルでもやっていましたが こっちのほうが内容的に充実しています 安土城に興味のある方はどうぞ これを読んでから 安土城跡に来ると10倍楽しめます

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは、暑中お見舞い申し上げます。
イギリスから帰ってきたら、日本は暑い。
現地では、サミットよりも落書きのほうが
話題になっていましたよ。

安土城跡は訪問した事がありませんが、
この記事を読んで行った気分になりました。
大神太郎
2008/07/22 08:56
猛暑中お見舞い申し上げます
快川和尚ではないですが
「心頭滅却すれば 火も自ずから涼し」の
精神!?で乗り切りましょう
なぎさの民俗学者
2008/07/23 10:39

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