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zoom RSS 「中世の東海道をゆく」を読む

<<   作成日時 : 2008/10/11 23:20   >>

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今なら東海道を 飛行機や新幹線 高速道路があるので歩いて行く人はあまりいないだろう いるとすれば それは別の目的があるわけで 旧東海道を江戸時代のように歩いてみたいとか 自分の可能性に挑戦したいとか・・まあどちらにしても生半可なことでは歩き通すことは出来ない 毎日 20〜25kmを20日〜25日間歩かないといけないし 季節にもよるが 暑さ 寒さの対策 野宿する覚悟も必要 それよりも歩き通すという強い意思と時間と金がないと・・・・ 随分前に一度 東海道の距離を実感するために旧道(旧国道一号線)を軽自動車に便乗して東京まで走ったことがあるが 24時間かかってへとへとでした・・・・箱根峠や鈴鹿峠など部分的に旧東海道を歩いたことはあるがその部分だけでくたくたでした・・・全行程となると・・歩いてみたい気もするが・・・江戸時代の旅人には頭が下がります



で本題です  買いだめして置いた「中世の東海道をゆく」を読みました  軍用目的ですが道もよく整備され 宿場もしっかりと機能していた江戸時代よりさらに昔の時代の道行きはどうだったのでしょうか・・・
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中世の東海道をゆく  京から鎌倉へ、旅路の風景 榎原雅治 中公新書

1280年というから鎌倉時代 京の貴族飛鳥井雅有が鎌倉までの道行きを書いた紀行文などを肴に 当時の東海道をリアルに再現しています いうなれば歴史的景観の復元というもので 私のツボにはまる本です もちろん 鎌倉時代の東海道ですから よく知られている東海道五十三次(旧東海道の道筋は幕末〜明治のもの)のルートとはかなり違っています 東海道は時代ごとにルートが変遷しています  当時は鎌倉に幕府がありました(まだ江戸は人跡疎らの原野)ので 当時の東海道は京と鎌倉をむすぶ道として鎌倉道(街道・古道)と呼ばれることもあります


さらに鎌倉古道に関しては 尾藤 卓男氏の著書がありますね

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       平安・鎌倉古道 鎌倉〜京都 尾藤 卓男 愛知県郷土資料刊行会
この本も当時の旅人たちの紀行文の記述をもとに平安時代から鎌倉時代にかけての東海道(鎌倉道)のルートについて 丹念に調べあげた労作です しかし なにぶん失われてしまった古道もあるので 地形や文献などで考証しながらのルート復元です 各地の史跡や民話なども記述してあり この本で鎌倉から京までたっぷりと旅した気分になりますね 私は現代の地図を用意してこの本を読みながら ルートを追っていきました 2倍楽しめます

畿内と江戸(東国)を行き交うのは当然東海道が本筋と思われがちですが 実は東海道は大井川など大きな川があり 雨が降ると川止めが暫しありました 予定は狂うし金はかかるで 確実性を望むなら中山道(東山道)のほうがいいということもありました 

頼朝が鎌倉に幕府を開くと東海道や東山道の交通がさかんになります 
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                  頼朝時代の鎌倉  国立歴史民族博物館

室町時代になると 鎌倉には鎌倉府(鎌倉公方)が置かれますが 鎌倉公方足利成氏が享徳の乱の後 古河へ移ります(古河公方)  しかも成氏の後任足利政知は関東管領上杉氏のお家騒動で鎌倉に入れず伊豆の堀越に留め置かれてしまいます(堀越公方) そんなこんなで鎌倉は衰退していき 戦国時代に鎌倉を支配した北条氏も拠点を小田原にします 家康が江戸に移封されて 東海道が再び整備されると もはや鎌倉はそのルートから外れてしまいました


東海道や東山道などの古代官道についての復元で軽い読み物としては「完全踏査 古代の道」がいいと思います 武部健一氏が現地調査しながら歩いています 続編もあります
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         完全踏査 古代の道 畿内・東海道・東山道・北陸道  武部 健一  吉川弘文館


古代東国の人々の生活や景観の復元には「古代農民忍羽を訪ねて」が面白いです
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            古代農民忍羽を訪ねて  関 和彦  中公新書

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