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zoom RSS 第60回 正倉院展 見どころ

<<   作成日時 : 2008/10/12 23:26   >>

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今年も 奈良国立博物館で 恒例?の正倉院展が開かれます 1946年から毎年公開されて ちょうど60回(年?
)ということで 今回は今上天皇も御覧になられるということです(もちろん一般にではなく 最終日に閉館してかららしい) 今回の見どころはどれか・・・やはり「白瑠璃碗」でしょう  




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                          白瑠璃碗 中倉  8,6cm 口径11,9cm

今回 展示される「白瑠璃碗」です 有名なもので 教科書などにも載っているので知っている人は多いのでは・・この白瑠璃碗にまつわる話を・・難しい話はいやなのでここはさらりと・・・します
この白瑠璃碗ですが 材質はアルカリ石灰ガラスだそうで 5〜6世紀頃のササン朝ペルシア(現在のイラン)あたりで製造されたものではないかといわれています もともと 東大寺に納められていたらしいのですが いつ 誰が 何処から どのように持って来たのかわかりません 謎です・・ この白瑠璃碗は保存状態が大変良好でこれほどいいものは世界的にみても正倉院のものだけだそうです

どうして これが5〜6世紀頃のササン朝ペルシアのものかというと 当地でこれとよく似たガラス製品が出土しているからです

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             円形切子装飾ガラス碗 伝イラン出土 筑波大学蔵
1970年代に当時の東京教育大学の発掘調査団が現地(イラン)で教育・研究目的で購入したものです この形のものは 日本に限らず 世界各地で見つかっています 正倉院の白瑠璃碗と同じ形ですね



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            新沢千塚126号墳出土ガラス碗  古墳時代 東博蔵 重文  
ガラス製の碗は 古墳からも出土しています これは 1963年に発掘調査中の奈良県橿原市新沢千塚126号墳から出土したものです 2〜4世紀にかけて地中海沿岸地域で盛んに作られたデザインのもだそうで どういう経緯で古墳に埋葬されたかはわかりません 白瑠璃碗の前段階のデザイン?でしょうか
しかも このとき一緒にガラス皿も出土しました さて このガラス碗ですが ガラスを溶かす融点を下げる時に使う融剤(植物灰)を調べることで大体の産地や年代を特定出きるそうで このガラス碗はササン朝ペルシャ産らしい


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            新沢千塚126号墳出土ガラス皿 古墳時代 東博蔵 重文
古墳の木棺内から 切子碗をのせた状態で出土しました 碗と皿のセットでの出土例は世界的にもまれですが 1872年に大仙陵(伝仁徳天皇陵)で発見されたガラス製品も碗と皿のセットだったという記録が残っています(埋め戻したので確認不可) このガラス皿のコバルトブルーの色をみると 思い浮かべるのが今回は展示されていませんが 同じ正倉院の「紺瑠璃坏」ですね さて このガラス皿は 融剤にナトロン(炭酸ナトリウム結晶)を使い また微量のアンチモンが検出されたそうで 2世紀までのローマ帝国(エジプト?)産らしい


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                             瑠璃坏 中倉
「勅封蔵開検目録」によると1193年には正倉院に納められていたという 材質はアルカリ石灰ガラスで ササン朝後期(7世紀)の作というが日本への来歴など詳しいことはわからない  コバルトブルーの色が同じですね・・・




さて 「白瑠璃碗」ですが もうすでにご存知の方もおられると思いますが 実は 正倉院のものとまったく同種類のものが 東京国立博物館に収蔵されています

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        伝大阪府羽曳野市安閑陵古墳出土  古墳時代 東博蔵 重文 8,6cm 口径11,9cm
「前王廟陵記」松下見林著などによると 18世紀初め頃 伝安閑天皇陵から出土して 近くの西琳寺が保管していたが明治初年の廃仏毀釈で行方不明となり 1950年に近くの農家で再発見された 材質はアルカリ石灰ガラス)で 正倉院の白瑠璃碗と大きさ・材質・各段の切子の数まで一致したこの二つの碗が別々に日本にもたらされたとは考えにくく 同時に渡来した「双子碗」であるという
6世紀にイランで製作されたらしい碗が6世紀半ば(安閑天皇は535年没)に伝来するのは あまりにも早すぎるということで 森浩一先生は「この碗は古墳からの出土ではなく もともと西琳寺に納められていた」と見ておられ この場合だと伝来年代が下ることも可能ですね 古墳に埋葬されていたにしては保存状態がいいので 森先生の説もありかなと思います
どちらにしても 遠くイランで同時に作られた2つのガラス碗が どういう数奇な運命をたどって ひとつは正倉院に もうひとつは西琳寺?にたどり着いたか・・・それを千数百年後の私たちが見ているのですから・・壮大な歴史ロマンですね・・・そんなことを考えながら 今回の正倉院展に出かけて見てください
 

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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
ふたつの「白瑠璃碗」の話は、ロマンを感じますね。正倉院展に行ってみたいのですが、今回も無理でしょうね。 上野の「大琳派展」で我慢します。
大神太郎
2008/10/12 19:44
「大琳派展」で我慢するなんて贅沢ですね 江戸では「正倉院展」を27年間やっていません・・30年ぶりとかでそろそろ・・期待して下さい
「白瑠璃碗」の来歴については 私なりの解釈ですが 西琳寺は 渡来人王仁系の西文首氏(西漢氏)の氏寺として 東大寺より古い 飛鳥時代に創建されています 当時は阿智王系の東漢氏とともに最先端の文化・技術を持ち そのころふたつの「白瑠璃碗」も大陸から西漢氏にもたらされたのではないでしょうか そして ひとつが東大寺へ もうひとつがそのまま西琳寺に残り 西漢氏の衰退とともに西琳寺も没落・・いつのまにか忘れ去られたのでは・・・あくまでも推測ですが・・・ 
なぎさの民俗学者
2008/10/13 10:59
はじめまして。
トラックバックさせていただいたので御挨拶です。
私もやっぱり”白瑠璃碗”の前に一番長く立ち止まっておりました。
傷もくもりもなくとてもいい保存状態というのは、どれだけこの白瑠璃碗が大事にされていたかということですよね。
山手のドルフィン
2008/11/16 13:51
山手のドルフィンさん TBありがとうございます
正倉院展には なかなか時間が取れなくて 最終日に駆け足で観てきました かなりの人出で 遠巻きに初めて「白瑠璃碗」の実物を観ました
実物は写真で観るより 黄色ぽっかったし 千年以上も前のガラス製品とは思えませんね
それと 招待券持ってるのに 第一回正倉院展のチケットを模したしおりが欲しくて わざわざオータムナイトチケットを別に購入しました
なぎさの民俗学者
2008/11/18 09:09

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