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zoom RSS 羅生門と羅城門

<<   作成日時 : 2008/11/28 02:13   >>

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東京国立近代美術館フィルムセンターが 46年前から保存していたヴェネチア国際映画祭グランプリに輝いた黒澤明(1910〜1998)監督の名作「羅生門」(昭和25年 大映)の原版フィルムを 初の日米共同による研究チームによってデジタル復元した 
保存状態の悪かった計12万コマ以上のフィルムを約40人のスタッフが半年がかりで一コマずつ修復して撮影当時の鮮明な映像と音をよみがえらせたという  (25日付)


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                  「羅生門」   1950年  大映

いうまでもなく 黒澤明の代表作品のひとつだが これは外国で「傑作だ!」といわれた結果 日本で「そうか 傑作なのか うん 傑作だ」と再評価?されただけで 落ち着いて「羅生門」だけを観ても何がそれほど凄い作品なのかわからないのですが・・


当時 日本映画界のみならず 日本人は 日本の映画は日本人だけが観るもので 国際的にどうこうという認識はなかった これは浮世絵とにていますね  
1950年にイタリアの映画輸入配給会社の社長ジュリアナ・ストラミジョリが 日本でベネチア(ヴェニス国際映画祭)に送る映画を探してして「羅生門」に行き当たり 「素晴らしい映画だ!」ということで 映画祭出品を 大映の永田雅一社長に進言するが 国際映画祭の何かも知らない 「羅生門」の内容も理解出来ないということで断られてしまう そこで 勝手に ジュリアナは「羅生門」をベネチアに送ってしまい なんと グランプリを受賞してしまう
 もちろん 永田のおっさんは手のひらを反したように得意満面 黒澤にとっては寝耳に水だったという しかし 一番大変だったのは ヴェニスの会場だった グランプリ(金獅子賞)受賞式に 日本の関係者は誰ひとり来ていなかったという・・・・

つまり すでに日本映画は当時から 脚本 演出 技術 照明 美術etc・・・おいて これくらいのことは出来る才能の映画人がいたわけで 東洋的なものに興味を示すヨーロッパ人が無条件(多少の買いかぶりもあるが)で受け入れてみたところ 東洋人(アジア全体を含め西洋発祥である文化的映画など作れないだろうし ましてや戦争に負けた野蛮な日本人には・・・)にこれだけの映画が作れるということに驚いたということでしょう  「ゴジラ」の特撮と演出に関しても驚いたのは日本人じゃなくハリウッドでしたが・・・

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                     「羅生門」オープンセット

京都郊外 太秦にあった大映京都撮影所に造られた「羅生門」のオープンセットは 間口十八間(約33m) 奥行十二間(約22m) 高さ十一間(約20m)の規模で 柱に四尺角(約1.2m) の巨材 18本を使用して造られた
正面の「羅生門」という扁額は 縦五尺(約1.5m) 横九尺(約2.7m)あり 特注で焼かれた4000枚の屋根瓦には ディテールにこだわる黒澤らしく 「延暦17年」(798) という年号まで彫り付けてあった 映画で使われた羅生門の扁額は現在 撮影担当者だった宮川一夫(1908〜1999)の自宅に保存されている

しかし 当時 ほとんど実物大の羅城門と同じセットを造ってしまうのだから そっちのほうが驚きます しかも 映画の中では 最初と最後に出てくるだけですから・・・今 黒澤明が生きていて もう一度 「羅生門」を撮っても CGを使わないでしょうね・・・・誰か リメイクしてオープンセットを造らないかな・・・・


で 実際の平安京の羅城門はというと

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                            羅城門復元模型

なにしろ 遺構がなにも残っていませんので 詳しい事はわかりませんが 文献などによると 幅十丈六尺(約35m) 奥行二丈六尺(約9m) 高さ約七十尺(約21m)で 正面柱間が七間で そのうち中央五間に扉が入り(七間五戸 左右)の一間は壁であったと考えられています 平安京造営とともに建造されたとおもわれ 980年に台風で倒壊後は再建されず 荒廃したといわれ かろうじて残っていた礎石などの石材も 藤原道長が法成寺造営の時に運ばれたといいます 後に羅城門跡から 羅城門の銘のある石が掘り出されたと伝えられていますが 定かではありません 

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それでは 羅城門の遺物は何も残っていないのかというと 事実かどうかはわかりませんが 羅城門跡の近くにある東寺に 現在 保管されている「木造兜跋毘沙門天立像」 国宝 が羅城門の楼上にあったものとされています

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                       東寺 宝蔵 平安時代? 重文

それと あまり知られていませんが 東寺最古の建造物ではないかとされている宝蔵(校倉造の宝物庫)の床板が羅城門の扉を使っているのでは?といわれています  兜跋毘沙門天にしても 扉にしても 980年に倒壊した折に東寺に運ばれたものでしょう 探せばまだ 他に見つかるかもしれませんね 

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コメント(2件)

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先日、石神井公園に行ってきました。 こちらも、紅葉が見ごろです。黒澤明の映画は改めて観ると、結構面白いと思いますね。 私の一押しはやはり「七人の侍」です。外国人には刀を使うチャンバラアクションや丁髷、鎧兜がどこか異次元の世界の話のようで受けたのではないでしょうか。 京都の羅城門跡には行ったことがないのですが、千年前は凄い所だったのでしょうね。
大神太郎
2008/11/28 08:36
石神井公園 いいですね!駅前に美味しい珈琲店があるんですが・・
私の一押し?は「隠し砦の三悪人」ですかね・・・「蜘蛛巣城」もいいね
羅城門跡付近は千年前どころか 幕末まで凄い所でした 東寺の東南の角(猫の曲がり)から羅城門跡付近は 幕末まで水路と畑と荒地が広がっている寂しい場所でした とても夜に独りで歩けるような場所ではありません
なぎさの民俗学者
2008/11/28 10:50

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