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zoom RSS 大原野道を行く その3 大原野神社

<<   作成日時 : 2009/10/15 16:59   >>

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大原野道の辻を幾度か曲がりくねって大原野神社の鳥居前に着きました 途中にわずかばかりの集落があります 大原野の盆地を横断する道が再び 山中に入ろうとする場所にこの藤原氏というよりは 長岡京・平安京の氏神社が鎮座しています 大原野道はここで終点です  道は あと少し山中に入ると そのまま勝持寺の仁王門へと続きます





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大原野神社 一の鳥居前  大原野神社の向かい側を少し下り 善峰川に架かる赤い極楽橋を渡ると 法寿山 正法寺と春日不動尊があります 大原野神社もそうですが 春に桜が満開の頃に来ることをお勧めします






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このあたりは 長岡京でいえば 京内からさほど離れてはおらず 平城京でいうところの春日大社と同じ距離感である しかし 都が平安京に移ると 近すぎず 遠すぎず いい距離です 平安京の藤原貴族の中には 大原野の里や嵯峨野に女を住まわせて 「ちょっと 氏神様に行って来る」とかなんとか口実をつけて・・・日帰りはせわしいので 泊まっても怪しまれないし・・・・






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一の鳥居を通ると 石段を登ります 






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石段を昇りきると すぐ 二の鳥居があり その先 奥のほうに本殿があります 大原野神社の起源は 桓武天皇の皇后 藤原の乙牟漏ちゃんが 「奈良の春日大社にお参りに行くのはしんどいわ〜」ということで この地に 春日大社の分霊を祀っていたという その後 藤原氏の長者 冬嗣(775〜826)が「もっと ええように こしらえんといかんやろ(もっと 立派な社殿を造らないかん)」といっていたので 850年に孫の文徳天皇が 壮大な社殿を建立したことになっています 

藤原一族は 女の子が誕生すると将来 皇后や中宮になるように大原野神社に祈願に訪れ 成就すると盛大な行列で参詣するようになりました  1005年に中宮・藤原彰子が妹の尚侍・妍子とともに「如行幸儀式」(天皇の行幸と同じようだ 御堂関白記)と記されるほどの盛大さで行啓しています この時は 藤原道長とともに紫式部もお供に加わっています  ただし 源氏物語の冷泉帝の大原野行幸のモデルは 928年の醍醐天皇の大原野行幸ではないかとされています





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大原野神社 名物 春日乃茶屋 ソフトクリームがおいしそうだったので 食べました



                                             つづく  大原野道をゆく その4へ

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