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zoom RSS ご近所散歩 交野天神社  樟葉宮伝承跡 

<<   作成日時 : 2010/04/05 05:50   >>

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土曜日(3日)まで 天候不順で寒かったのですが 日曜日は一転して 朝から快晴 気温も20℃まで上がるという・・・こうしてはいられないと 夜行性の私ですが 性懲りもなく ふらふらと 散歩に出かけました


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近くの小学校 まだ 新学期は始まっておりませんが 二宮金治郎君だけは 誰もいない 校庭の桜の木の下で黙々と勉強しております



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牧野 舟橋川の堤下では 朝から近所の方たちの花見の準備が・・・ ここも 昼頃になると いっぱいになるんでしょうね



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さて 再開発された 樟葉の駅前を抜けて 京街道の町樟葉を歩きます 町樟葉は宿場ではありませんが 街道沿いに民家が並ぶ 江戸時代からの古い町です 鳥羽・伏見の戦の時には 戦乱に巻き込まれて大半が焼失したといいます




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休日で人通りのない京街道を左に折れて しばらく行くと 「樟葉宮表参道商店街」があります この商店街も 朝陽の光に照らされて この時間は静かです  このまま 商店街を樟葉宮跡(交野天神社)まで歩きましょう

 


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商店街が尽きると 本当の樟葉宮表参道になります そのまま交野天神社まで行ってもいいのですが 参道を外れて 住宅街にある鏡伝道に入ります 鏡伝道は市民が付けた道の愛称ですが 京街道から 交野天神社を通り 八幡へ抜ける古道と一部重なっております この古道の途中には 西山廃寺跡(別称 足立寺跡 白鳳時代)があり この廃寺跡に平安時代初め 和気清麻呂(733〜799)が建立した神願寺があったのではと言われています 神願寺は 後に 高雄山寺と合併して あの高雄神護寺になります 




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宅地化された鏡伝道を 交野天神社へ向かって歩きます  道の片側は住宅の裏庭になっています なんだか 裏道ぽいです





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しばらく行くと樟葉宮跡(交野天神社)への入り口が この奥に交野天神社が 鎮座しております  なぜか 一の鳥居は神明鳥居です これも 宮跡を意識してのことか?





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                交野天神社の立派な鳥居と狛犬 二の鳥居は明神鳥居ですよ



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回りを宅地化され わずかに交野天神社の回りだけ鎮守の森が残っております  三の鳥居も明神鳥居ですな 





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                         交野天神社 拝殿




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                   交野天神社 本殿 鎌倉〜室町時代  重文


交野天神社(かたのあまつかみのやしろ)の縁起は 案内版によると「桓武天皇は延歴6年(787)長岡京の南郊の地を選び 郊祀壇を設けて父光仁天皇を祀った」場所とされているが 郊祀壇を設けた場所は ここだけでなく 他にも候補地があり よくわからない 祭神は もちろん 光仁天皇だが 天児屋根命 菅原道真を合祀している 明治5年の神社の整理統合に際して 他所にあった春日神社(祭神天児屋根命)と天満宮(祭神菅原道真)を合祀したものだとか 明治以前は 樟葉(葛葉)天神社と呼ばれていた  本殿は 一間社流造檜皮葺で 本来なら国宝に指定されてもおかしくないのですが 室町時代にかなり大幅な修復を受け 平成にも 改修されている  住宅地のど真ん中にあるにもかかわらず古い歴史と神聖な雰囲気がしますね





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                   さて 本殿横から 樟葉宮伝承地とされている 貴船神社へ



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                      再び 鎮守の森へ 




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途中 森の守り神? お猫様がおられました じーっと見つめられ 恐れ多くて カメラがブレました ハハハー




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                       貴船神社(樟葉宮伝承地)
森の中を しばらく行くと 石段があり その上に貴船神社が鎮座しています この 台地の上あたりが 継体天皇の樟葉宮伝承地だそうです



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          台地上にある「史跡 継体天皇樟葉宮跡伝承地」の碑 1959


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                            貴船神社

もともと この貴船神社(穂掛神社 和気神社)が 現在の交野天神社の本殿の場所に鎮座していたが 天神社建立の時に この場所に遷座したという これは樟葉宮の場所を永久に記録するためだという つまり 貴船神社がもともとの樟葉の氏神だったわけです  日本書記に継体天皇は 25代・武烈天皇崩御後 後嗣がなかったため越前三国(福井県)から入って皇位についた天皇 当時の政治状況?から直接大和に入れず「河内国交野郡葛葉宮」で即位 5年後に綴喜(京田辺市)から弟国(長岡京市)へと移り 20年後に大和へ入ったと書かれています これらの経緯から 継体天皇からを新王朝とし 継体天皇を現在の皇室の始祖とする説もある・・・・そうだとすると この樟葉宮は 現皇室にとって非常に重要な意味を持ちますね・・確証はないけど・・・



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貴船神社の裏 原生林状態です このあたりに樟葉宮があった? しかし 以前の発掘調査では遺構は見つかってはいません  継体天皇については 文献も少なく謎の多い天皇です  しかし 応神天皇の5世の孫で しかも 福井県の田舎から見つけてきたという 普通じゃ どこの馬の骨といわれてもおかしくない人です こんなことが 許されるのであれば 平将門や足利義満が 天皇になろうと思っても不思議じゃないですね



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                              交野天神社の桜

桜を観に 散歩を初めたのですが 古い神社には 桜(ソメイヨシノ)はほとんどありませんね この桜も 交野天神社の脇の遊歩道に咲いていたものです  次は 鏡伝池へ そこに行けば 桜がある・・・かな




                                                  ご近所散歩2に つづく

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは
継体天皇の樟葉宮はもっと福井県に近い所なのかとずっと思っていました。ここだったんですね!それにしても継体天皇ってなぜ天皇になれたのか不思議です。
貴船神社は京都の末社なのですか?もしそうであれば水の神ですよね。とすれば、龍穴(京都にはそれらしきものが)とかあるのでしょうか?とても興味深いです。次回を楽しみにしています。
それからルノワール展、見ましたよ。オルセーからは出展が少なかったですがよかったです。けれど大阪の方が展示内容、断然いいみたいですね。いいなぁ!
前回記事中の単眼鏡、買ってみようと思います。ご紹介ありがとうございます。
☆サファイア
2010/04/06 21:21
サファイアさん 樟葉の貴船神社は 今は交野天神社の末社ですが 祭神は水の神様高おかみ神です もともと樟葉の氏神様(農業に欠かせない水や雨の神)として 京都貴船社から勧請してきたのでしょう 昔は有名神社の神様を 全国に勧請することがはやりましたので樟葉の貴船神社も誰か 橋渡しをする人がいたのかもしれません
大阪のルノワール展は17日から・・・「イレーヌ」ちゃんが観れるので たのしみです 
なぎさの民俗学者
2010/04/08 16:40

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