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zoom RSS 没後400年 特別展覧会 長谷川等伯 京都国立博物館

<<   作成日時 : 2010/04/16 15:20   >>

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生憎の天気だったのですが 休日に行くとどれだけの人出になるだろうと危惧して 平日に行ってきました 「長谷川等伯」展 京都国立博物館です 


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                      特別展覧会 長谷川等伯 京都国立博物館   4月10日(土)〜5月9日(日)


しかし・・・ほぼ開館と同時に京博に入ったのですが すでに・・・20分待ちです・・・・ 前回の「THE ハプスブルク」展の時の10倍ぐらい?(ちょっと大袈裟か) 

あの 「狩野永徳」展から 2年半 今度は 長谷川等伯ですよ これだけの展示内容は 50年に一度くらいだそうです まさに一生ものです


長谷川等伯(1539〜1610)は能登の七尾の生まれ 永徳のように 生まれながらの絵師の家系に生まれたわけではないが 若くから 絵描きとしての才能があったようで 最初は 仏画などを描いていた 展覧会もそのあたりから入っている 


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                     「善女龍王像」     石川県七尾美術館蔵



等伯は 京都を たびたび訪れていた 一時は狩野派の門に入っていた時期があるという


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             「柳橋水車図屏風」 6曲1双 兵庫・香雪美術館蔵   左隻

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                                             右隻 

「柳橋水車図」と呼ばれる作品は 現在確認されているだけで20点を超えるという 制作には長谷川派が中心となったとみられている いわゆる 長谷川オリジナルブランド 香雪美術館の作品は等伯自身が描いたもの





やがて 等伯は 息子の久蔵(1568〜1593)を連れて京都に上洛 狩野派と対決するが 仙洞御所対屋障壁画の製作を 永徳の妨害?でキャンセルさせられた事件をきっかけに 返って等伯の名が上がり 祥雲寺障壁画の仕事をすることになる この時期 永徳も死去し 狩野派は少し衰退し 長谷川一派が台頭するが しかし 私が 父の等伯よりも画才があったのではないかと思う 息子の久蔵が急死する  この久蔵の死を巡って 狩野派の暗殺じゃないかという説があるけど・・・考えすぎでしょう 



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       長谷川久蔵   「桜図」  智積院蔵  国宝  左隻   長谷川等伯展には展示されていません
                                                 智積院宝物館で一般公開中


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                                      右隻  

すばらしい作品ですね 大阪万博の記念切手の図案がこれだったって知っていましたか?  長谷川久蔵が長生きしていたら どれほどの作品が出来たか・・ 本当に惜しい




等伯が 中央の一流絵師になるのに 力を貸したといわれる人に 千利休(1522〜1591)がいます 

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                   利休居士像 不審庵蔵   重文                  

狩野派を なぜか嫌った利休は等伯と堺でたびたび会ったりして(等伯が堺に住んでいたという説もあり) 親交を暖めます  私は 出口の売店で なぜかこの利休居士像の絵葉書を買いました 



等伯は 家康の招きによって 江戸に向かいますが 江戸に到着後 ほどなく病死します 家康と対面したかどうかはわかりません  享年72歳でした



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              「松林図屏風」   東京国立博物館蔵  国宝  6曲1双 左隻

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                                                  右隻

超有名な「松林図屏風」 長谷川等伯の代表作です 今回 実物を観たのは初めてです  時間が早かったので 最後の展示スペースは 空いていました そこでじっくりと拝見させてもらいました 松林図屏風は 謎というか不可解な点が多くあることでも有名です 
●左隻と右隻の料紙の継ぎ目が横の線で合っていないし そもそも 紙料の幅が右と左では違う・・・・・なるほど 実物を観ると 紙料の継ぎ目が 横の線として出ているが 左右でずれていますね 
●使われている紙が 一般に使われる鳥の子紙ではなく 粗雑品のこうぞ紙が使われている よって これは 本絵ではなく下絵ではないか・・・・・紙の質については 専門知識がないのでわかりませんが よく 観ると何か紙が毛羽立っているような・・・気がしますが・・・
●しかし 使われている墨は最高級品で これはこれで ひとつの作品として製作されたとする・・・・墨のこともよくわかりませんが 墨の濃淡の描き方などはさすがです
●この「松林図屏風」に押されている印は 他の等伯作品にはないもので 後に押された贋物?の印である・・・うんそういわれると 印のこともよくわからんが なんか 朱があざやかではっきりしていますね やっぱり 後の時代に押されたまがいものですかね


以上」のようなことから 専門家の方たちは 左隻の左側にさらに作品が続き もとはもっと大きい障壁画などの下絵として描かれていたのだとか 構図的に 散漫に見えたりしていますが  実は左右が逆じゃないかと・・・左端の松の枝が 右側の右端の松につながる そのように置き換えてみると 安定した構図になるそうです 

「離れて見ると静かな絵だが 近くで見ると激しい筆使いに驚かされる 鑑賞するときの光は 夜にろうそくで見るのではなく 障子越しの太陽光だろう」 と専門家は言っています  音楽で表現するならば キース・ジャレットの「スカラ座」だとか・・・


近づいて観たのですが 結構400年間の汚れやシミなどもありました 印刷物や映像などでは 観賞出来ない本物の凄さ?(笑)ですかね できれば 人のいない場所で キース・ジャレットを聞きながら コーヒーを飲み 観賞したい そして あの松林を彷徨いたい・・・





おまけ

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                「弁慶昌俊相騎図絵馬」   北野天満宮蔵  重文

以前 北野天満宮の宝物館で観た あのデカイ絵馬が展示してありました さすがは京博ですね 近いとはいえ ここに運び込むのは大変だったでしょう  宝物館で観たときは 狭くて 暑ぐるしい場所に展示してあって 全体によくわからなかったのだが ここだと 照明もよく 離れて観れましたのでよくわかりました  



おまけのおまけ

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「ルノワール」のチケットを手に入れました・・・・来週は いよいよ・・・むふふ

                         ルノワール 伝統と革新    国立国際美術館
                                            4月17日(土)〜6月27日(日)


                                                       おわり


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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは
等伯の松林図の紙料の継ぎ目には全然気づきませんでした。ボーっと見ていたので(恥)色々な不可解な点がかえって人々の注目を集めますね。キース・ジャレットの「スカラ座」をそう思って聞けば、そんな感じが・・絵を音楽で言い表すのは面白いです。等伯の山水画はどれも好きです。優雅でした。彼は江戸へ着いてから亡くなったのですか?私は着く前かと.. 後で直そうっと(笑)柳図はなぜ人気があったかわかるような気が..当時は特にスタイリッシュに感じたんでしょうね。利休のは、どんな方かひしひしと伝わる肖像画ですね。あと日尭上人も。
こちらでもう一度楽しめてよかったです! ありがとうございます。
☆サファイア
2010/04/20 00:15
等伯は 解説書によれば 江戸へ下向の途中に病気になり 到着して2日後に死去したらしいです 当時 家康は駿府(静岡)で隠居していますから 家康には逢っている? 等伯を新将軍秀忠に対面させようという 家康のこころ使いだったのではないかと思います 「松林図」は 実は20年前の東博の「日本国宝展」で観る機会があったのですが 展示期間が上京時期と1日違いで観れませんでした それ以降 上京するたびに常設展示の時期がずれていて・・・私の中では 幻の国宝でした 多くの美術品は人生のうちでそう何度も観れるものではないでしょうから 私は素晴らしい作品をみるたびに 一期一会・・・将来これを観ることは二度とないんだろうな〜・・・の思いで観ます 寂しい思いですが ボーっと見る(笑)ことが減っていいですよ 柳橋水車図」は その意匠も斬新ですが 場所が宇治と思わせるところが成功のカギだったような気がします
なぎさの民俗学者
2010/04/20 05:54

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