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zoom RSS 今昔物語 近江國安義橋鬼喰人語第十三の話から 京都のあの橋の話題まで 

<<   作成日時 : 2010/07/19 17:07   >>

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こちら 上方では 梅雨も明け 打って変わったように晴天が続いております 祇園 天神の二大祭りのこの時期が畿内では 一番暑い時期です みなさんの地方ではどうでしょうか


さて 今回は ようやく復旧されて 通れるようになった 京都のあの橋の話題をしたいのですが その前に少し遠回りして 今昔物語に出てくる 近江国(滋賀県)の安義橋の話から・・・ 


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私は 子供の頃から 今昔物語や宇治拾遺などの古典物語を読むのが好きで 特に怪異話は「日本霊異記(日本現報善悪霊異記)」から 江戸時代の「諸国百物語」や「新御伽婢子」あたりまでを 今時分の頃だと 夜の縁側の畳の上に寝転んで 昼間 外で遊び疲れて火照った体を休ませるようにして 何度も読み返していました・・・・もちろん 子供用の読み物ではなく 全集ものなどですが・・・もちろん対訳付で読んでいました 

で 安義橋が出てくるのが 今昔物語巻第二十七 本朝付霊鬼「近江國安義橋鬼喰人語」(鈴鹿本)です この話は有名なので 詳しくは述べませんが 平安時代? 近江国庁?(本文では 館となっています)に勤めていた男たち(郎党?)が 日野川に架かる安儀橋に鬼が出るという話する そこで そのうちのひとりが 駿馬を借りて 安儀橋へ行く 果たして 鬼が出てきて 男は仰天 馬の尻に油を塗っていたので辛くも逃げ帰ることが出来た 後日 男の弟が訪ねてくるが これが 鬼が化けたもの 取っ組み合いをするが 男が妻に「刀を寄こせ!」と叫ぶが 妻は 唯の兄弟喧嘩と気を利かして 刀を渡さない そのうち 男は鬼に食べられてしまい 家中の者は泣き騒ぐがあとのまつり そこで 然レバ、女ノ賢キハ弊キ事也ケリ(女が小賢しいのも考えものである)と締めくくる・・・・いえ・・私は 女の賢いのは悪いとは思っていませんよ・・出来れば ほんとは賢いけれど 男の前では 馬鹿な女を演じるような人がいいけど・・・・


さて そんなことはどうでもいいが なぜ 鬼が出てくる橋が安義橋なのでしょうか・・・男たちが詰めていた館が近江国庁に付随するものなら 近くにはあの 怪異話には事欠かない勢田(瀬田)の橋があるにもかかわらずです 今昔物語にも 勢田橋に関する怪異話がいくつかありますね



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                瀬田の唐橋   明治32年  旅の家つと10号



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                瀬田の唐橋   明治43年  滋賀県写真帖




勢田(瀬田)の橋がいつ架けられたのかはっきりしません 大昔は 藤の大木が瀬田川の両岸にあり それを使ってつり橋になっていたといいますが にわかには信じられません 壬申の乱の折に橋のことがでてくるのが 確実な記述(日本書記)です 7世紀の終わり頃は今より80mほど南に架っていました(唐橋遺跡発掘調査報告書 滋賀県教育委員会 昭和63年) 平安時代には 少し北へ移動し さらには 斜めに架っていたりと 時代とともに場所が移動しています 現在の位置に落ち着いたのは 戦国時代の終わり頃から江戸時代の初めにかけて 近世東海道のルートの確定にもなっています  なぜ 唐橋というのでしょうか 発掘調査で 橋脚基礎から 和同開珎などともに 中国の隋銭なども見つかっています  新羅の月精橋(7世紀)の構造上類似から 新羅系渡来人が建設した橋ということで 韓(唐)橋と呼ばれたといいます   私の勝手な想像ですが あの藤原仲麻呂(706〜764)が 近江国司に任命されて 壮大な唐風の近江国庁を造り上げたおりに 勢田の橋も唐風にしたのでは・・・・





さて 安義橋です この橋は 実際に存在していた橋なのでしょうか・・・ 





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                      旧安吉(安儀)橋  昭和9年架橋

今昔物語に出てくる 安儀ノ橋は この安吉橋だとされています 平安時代には すでにこの日野川にはこの橋が架っていたといいます  私が この橋に初めていったのは 高校生の時ですが 町はずれの寂しい場所にあり いかにも鬼が出てきそうな?雰囲気な場所でしたが 現在は 道路も拡張され 新橋が出来ており 昔の面影はなくなっています


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                    新安吉橋    平成18年架橋


安吉橋(あぎはし)は 近江八幡市倉橋部町と竜王町弓削との境界に流れる日野川に架かる橋で 国道8号と国道1号線を結ぶ主要地方道近江八幡竜王線上にあり交通量が多い・・・・しかし 車道幅が五・八mと狭く 大型車通行時には片側通行しかできず自動車の離合が困難で 歩道もないため歩行者の安全確保が不十分だった また 建設から七十年以上が経過し老朽化が進み 耐震性からも早急な整備が必要な時期に差し掛かっていた・・・・(近江八幡市 竜王町 広報課)


なぜ こんな場所の橋に鬼が出たのでしょうか・・・・私の勝手な謎解きですが 東国から京を含めて西国に行くには琵琶湖を渡るか 勢田の唐橋を渡るのが普通ですが 東山道(中山道)をそのまま勢田まで行かないで 六枚橋で東海道に抜ける脇道に入り 日野川を越えて 朝国で東海道に至り そこから信楽 田原と抜けると山城へ そこからは 京へも奈良へもどちらでもいけます つまり 東山道から来るとどちらにしても(当時平安時代は東国への道は東山道が主流)  勢田か安儀のどちらかの橋を渡らねば 西国へは行けなかった?・・・



かなり だらだらと遠回りしましたが さらりと安儀橋のことを知っていただき  いよいよ 次回 京都のあの橋へ行きたいと思います 

                                
                                        つづく  京都のあの橋へ・・・・

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんばんは
新たなシリーズ、とても面白そうですね。楽しみにしております。
瀬田の唐橋は数年前行ったことがあります。私、広重の浮世絵のようにロマンチックかな?と想像していたら立派なコンクリートの橋で交通量も多くびっくりしたのを思い出します。確か赤い欄干の小ぶりの橋が近くに架かっていてそれかな?と最初間違えました。川岸を歩くと水鳥が沢山いましたよ。
それからトニー・クリスプの本、読みました。また警官シリーズも(笑)どれもすごく面白かったです。ご紹介本当にありがとうございます。良い本があればぜひまたお教えください。関西はとても暑いですので、くれぐれもご自愛くださいませ。
☆サファイア
2010/07/23 21:16
サファイアさん こんにちは 
もしかしたら 国道1号線の瀬田川大橋と旧東海道に架る瀬田の唐橋と間違えた・・ということはないでしょうか・・・それはないよね(笑)・・・赤い欄干の小ぶりの橋が近くに架かっていて・・・たぶん それは唐橋小橋だと思います
警官シリーズ・・読まれましたか 女の子向けのハードボイルド?じゃないですが 川久保篤のファンになりましたか(笑)
五十嵐香代子さんの著書・・・読んでみたいです 本屋さんで探してみます
江戸のほうも こちらに劣らず気候が厳しいようですね 熱中症に気をつけてください
なぎさの民俗学者
2010/07/25 14:45

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