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zoom RSS 特別展 天竺へ〜三蔵法師3万キロの旅 奈良国立博物館

<<   作成日時 : 2011/08/11 17:48   >>

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奈良国立博物館へ 特別展 天竺へ〜三蔵法師3万キロの旅を観に行ってきました


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           特別展 天竺へ〜三蔵法師3万キロの旅  奈良国立博物館
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いつもは 近鉄利用するのですが 今回はJRで奈良入り・・・奈良駅に降り立つと  いやあ〜奈良も暑い 気温は36℃越えということですが 体感温度は40℃はあるでしょう



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 少し見ない間に 奈良駅も凄いことになっています これぞJR各都市ワンパターン駅舎です


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で これぞ奈良と思わせてくれた 旧駅舎は 少し移動して保存 現在は 総合観光案内所になっています


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    三条通りも 道幅が広くなり 昔の面影がなくなりつつあります というかまったくない


            このあたりの移り変わりは 5年前のブログ 南都逍遥 その2 を参照してください


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ごちゃごちゃして味のある昔ながらの三条通りでしたが 道路拡張にともない 古い家屋が壊され空き地が・・・ここにも 現代風のちゃらちゃらしたビルや店舗が建つのでしょうか・・・



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お祭り夜店のようで好きだった 三条通りのあまりの変わりように 猿沢の池にため息を捨てました しかし 暑い! 甲羅干しの亀は 動かないですが まさか熱中症になってないでしょうね



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さて 暑い中を ヒーヒー言いながら奈博に着きました ここまで来る間 気のせいか 暑すぎるのか まったく人も鹿もいませんでした  炎天下の奈良公園をうろうろするのは 人でも 鹿でも 自殺行為なのでしょう 



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                 絹本着色玄奘三蔵像  鎌倉時代  重文  東博蔵           



玄奘三蔵(法師 602?〜664)は 日本でも有名な中国の僧ですが その多くは 西遊記の登場人物として有名であり 実際の三蔵法師の経典を求めての西域行は知られていないことが多い・・・という訳でもないと思うが 今回の展示は 三蔵法師の誕生から入滅までを 玄奘三蔵絵で観るというものです 当然ながら 西域行が中心になっています


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        紙本著色玄奘三蔵絵(法相宗秘事絵詞)1巻 全12巻 鎌倉時代 国宝  藤田美術館蔵  


実際に見たことのない西域(パキスタンやアフガニスタン) 天竺(インド)をどういうふうに背景として当時の日本の絵師たちは描いているのか 興味がありましたが 草木が普通に生えているように描いていたので 日本の辺境の地を想像して描いたのでしょうか 鎌倉時代の絵師はアフガニスタンの砂漠地帯や山岳地帯を想像できないでしょうね
               

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                                 11巻


藤田美術館が蔵する 国宝玄奘三蔵絵12巻を 全巻公開ということですが さすがに 全巻というと 120mくらいの長さになるので 前期 後期に分けて公開していました この絵巻は 大和絵様で 全巻欠けることもなく 状態もいい 特に 朱や緑の色が褪せることもなく残っている


三蔵法師が 経典と仏跡を求めて 唐を抜け出したのは629年 唐に帰国したのが645年 この辺りのことは玄奘三蔵自身が 皇帝太宗に西域のことを報告した「大唐西域記 646年」に詳しく書かれている
三蔵法師の西域行きは さぞ想像を絶する苦難の旅だったのだろうと思われるが・・・実際に海賊などに襲われたりしている・・・当時は 西域は小さな国が数多くあり 高僧であった三蔵法師は 行く先々で歓迎を受けていました しかも 三蔵法師たちはヒマラヤを越えることはなく 現在のアフガニスタン パキスタンあたりを迂回して かなり余裕でインド(天竺)へ行っています が 今から1400年前の旅ですから それなりに 苦労もあったことは確かでしょう


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          大般若経(魚養経)一部  全387巻  奈良時代?  国宝  藤田美術館蔵


で 三蔵法師は 天竺から 多くの経典を持ち帰りました 大般若経もそのうちで 三蔵法師が漢訳したものが600巻ありました 今回展示してあった大般若経は もともと薬師寺に伝わったもので 吉備真備の長男で朝野魚養が書写したといわれているので魚養経とも呼ばれている もともと600巻あったが大正時代に寺から放出してしまい そのうち387巻が藤田美術館に入り 国宝に指定されている(現在480巻のみ確認)

余談ですが 大般若経というのは 有難いお経なのですが なんといっても600巻もあり 普通に読みこなせる物ではないので 大般若経600巻をギュうっと絞ってそのエキスのみを取り出したものが 般若心経です 

余談の余談ですが 三蔵法師は持ち帰った経典(もちろんサンスクリット文字)の漢訳作業を大慈恩寺などに篭って進めました しかし 三蔵法師らの訳は原典に忠実にしかも真面目に あえて訳せない言葉はそのまま音を漢訳したりしました したがって 非常に正確なのですが 読みにくい わかりにくいで それまでの鳩摩羅什(350?〜409?)らの 旧訳経典(かなり 意訳されて 正確な訳ではないがわかりやすい 特に維摩経など)のほうが後まで人気があった(三蔵法師は旧訳経典をボロクソに貶しておりますが・・・・)



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                    仏足石 753年  国宝 薬師寺蔵


仏足石とは 仏陀の足跡を石に彫ったものです  よく考えましたね 人が歩けば 足跡が残るわけでこれほどはっきりとした残留物(証拠品)はないわけですから まだ うつし身(仏像)を造ることまでしなかった当時の人々(もちろん 古代インドの人ですよ)は これほど確かなものと 実物を見た見ないにかかわらず 石に彫って 信仰の対象にしたのでしょう  そういう 流れで日本でも信仰の対象として仏足石が造られたわけです 
で 先ほどから 薬師寺がちょこちょこ出ていますが なぜかと言いますと 薬師寺は法相宗の大本山ですから 法相宗は 三蔵法師の弟子の慈恩大師(基 632〜682)が開祖です




                  ということで このくらいで 奈良に行かれるときは 暑さ対策を忘れずに



おまけ  

藤田美術館といえば


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                        藤田美術館     毎年春と秋に季節展のみを開催    


私は 若い頃 藤田美術館の近くに住んでおりましたが そんなことは関係ないのですが 藤田美術館といえば なんといっても・・・・


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                    曜変天目茶碗   南宋  国宝                  


そう 曜変天目茶碗です 中国で作られたといわれているものの 現存するものが たった3器 すべて 日本にあるというのも不思議です 私の見るところ このような曜変する焼き物は これを焼いたであろう中国人の某陶工が不吉に思ったのではないでしょうか(天変地異や政変の前兆) そこで 密かにどこかに破棄したが 残ったわずかのものが 日本に渡った 日本では 逆にこのような 曜変したものを妙する(奇妙・・めずらしい)数寄者がいたわけで たちまちのうちに名器となったわけです・・・・違うかな

日本に現存する曜変天目茶碗3器のうち 藤田美術館と静嘉堂文庫の2器は実物を見たことがあるのですが 残る1器 大徳寺の曜変天目茶碗はまだ見たことがないので 死ぬまでには一度拝見してみたいものです 公開してくれ〜
                                    
                                 つづき  奈良 興福寺あたりを歩く へ

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