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zoom RSS NHKとは関係ありませんが 「平清盛」の話題を・・・

<<   作成日時 : 2012/01/30 23:03   >>

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ここ上方では クソ・・・失礼・・・厳しい寒さが続きますが みなさんの地方ではどうでしょうか うすら寒いのは気温だけではなく 昨年から続く 世の中全体もですね・・・・


さて 今年も始まった NHK(イヌ アッチ イケー 犬 あっちへ行けーじゃないよ)の大河?ドラマ  


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松山ケンイチ(1985〜)くん扮する平清盛ですが・・・ いい役者ですよ ケンイチくんは しかし 清盛のイメージじゃないでしょう ここはどうみても源義経・・・・   市川海老蔵(1977〜)あたりがよかったのだけど 以前 武蔵を演じているのでダメか・・・・


で 平清盛(1118?〜1181)ですが この人の生涯は とても大河ドラマが出来るほど波乱万丈のものじゃありませんよね 平家物語で有名になりましたが クライマックスは 清盛が死んでからの源平合戦ですし・・・ 
 
保元・平治・平家物語と その成立したのは 鎌倉時代13〜14世紀初め頃だそうで 保元・平治物語はともかく 平家物語でよくも悪くも平氏(清盛も含めて)が以後 広く世間に知られるようになりました 特に平家物語は 琵琶法師などが平曲(弾き語り)で全国に広めました  関係ないけど小泉八雲の「耳なし芳一」は一体いつの時代の話なんでしょうかね・・・感じとしては江戸時代?と思うのだが・・・・






さて 話が変わりますが 清盛の時代より 約250年前の関東地方に 平将門(?〜940)という人がおりました


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              伝平将門像   鎌倉時代?     築土神社旧蔵 1945年焼失  



将門は 若い頃に関東から 京にのぼり 藤原忠平(880〜949)の家来になりましたが 京では出世出来ず 失意の内に関東へ帰りますが そこに待ち受けていたのは一族同士の争い事でした 後の武士時代ならば日常茶飯事の出来事ですが やがて それが 有名な将門の乱(939〜940)へと発展するわけです


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                    伝将門の首塚   東京千代田区大手町


朝廷に弓を引いたと讒言された将門は 追捕使により 下総国猿島郡石井郷で討たれ 首は京に送られ都大路に晒される(京都四条新釜座町に将門の首を晒した場所の伝承として祠がある) 獄門になっていた将門の首はやがて 東の方角に飛んで行ったという・・・そんなことはないだろうから 誰かが首を関東へ持ち帰ったとも・・・・  
常識的に考えて 将門の首が 関東に戻ることはありえない(あったとしたら これはこれでニュースなので ちゃんとした史料に残るだろう)
有名な あのお堀端にある将門の首塚ですが 元々は古墳?の跡らしい しかもこの古墳跡を将門の首塚としたのは 鎌倉時代(徳治2年(1307)に二世真教上人こと他阿(1237〜1319)が将門の首塚の由来を刻んだ秩父青石の板石卒婆を古墳跡に建てる)です 
そして 将門の事跡を広く世間に知られるようになる「将門記」の成立も鎌倉時代・・・ちょうど将門の首塚が出来たあたり・・・・・・といわれています


さてさて 将門を追捕した人の中に平貞盛(?〜?)がいますが 後の清盛の先祖です この人が 逆に将門に討たれていたら 清盛も生まれなかったわけです 貞盛は 将門を討つことで 後の子孫(平氏)繁栄の基礎を築いたわけ?です・・・ね



清盛も将門も 承久の乱を経た後の鎌倉時代中頃から広く世間に知られるようになるのですね・・・えっ 貞盛の子孫は清盛だけじゃないって・・・・北条氏もそうだって・・・・なるほど





補足・・・清盛は白河天皇(1053〜1129)のご落胤といわれていますが それはまずないでしょう ある程度権力を 持った人物が 状況を観て自分が貴種のご落胤だとデマを流すことはあるが 天皇上皇クラスの平安時代の宮廷ではまず無理でしょうね そう簡単にご落胤が出来るなら 日本の宮廷にも宦官制度があってもおかしくない



           て・・ことで色々なことを考えながら大河ドラマを観賞して下さい 私は観ませんが・・・ 
  
                                                            おわり                                               

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コメント(4件)

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お久しぶりです。 そういえば平清盛というのは名前は有名ですが、どういう生涯を送ったのか知らない事が多いですね。他の平家物語などの登場人物に較べると地味という訳でもないでしょう(笑)
宦官が日本に根付かなかったというのは、日本人があそこを安全?にちょん切る方法をあまりよく知らなかったという事を聞いたことがあります。 男にとっては・・痛・!?・・話です。
大神太郎
2012/01/31 13:41
大神太郎さんお久しぶりです・・・ もちろん平清盛は地味な人ではないし それなりに波乱万丈の生涯を送ったわけですが なにせ平家物語では清盛はあまりよく書かれていませんし 清盛以外の人物が魅力的ですからね 清盛だけの同時代に書かれた伝記でもあればよかったのに 清盛に関する史料のほとんどが鎌倉時代に書かれていますから仕方ありませんが 今では清盛像が少しづつ見直されています
宦官については 医学的に技術がなかったとか言われていますが 何でも中国の制度を取り入れた日本ですよ 本当に必要なら技術ともども取り入れています それより日本は「不倫は文化」の国ですから男女とも昔は貞操観念はそれほきつくなかったのですね 宦官がいたら源氏物語など書けないでしょう・・ 逆にオープン過ぎて本当のご落胤というのが出来ない(笑) 貞操観念がやかましくなったのは封建武士の江戸〜男尊女卑の明治時代になってからです・・よね
なぎさの民俗学者
2012/02/01 00:14
おはようございます!遅くなりましたが本年もどうぞよろしく!
早速、大河ですね(^^)
「平清盛」観てますよ♪松山ケンイチくん、良い味出してるじゃないですか!
もともと、清盛というと、六波羅密寺の彫像が頭をかすめる位なので、若い頃の人物像は想像力の産物でもOK!だと思いますけど…「大河」にしては丁寧に描かれていますね、今のところ!
将門の首塚、東京に居ながらまだ訪ねていません!神田明神までは行きました!
荒俣宏の「帝都物語」のイメージが強くて、怖いんです(^^)


sasapanda
2012/02/08 11:01
sasapandaさん こんばんは こちらこそ今年もよろしくお願いします 
松山ケンイチくんは「DEATH NOTE」や「GANTZ」や「うさぎドロップ」(笑)のイメージがあって・・・いきなり清盛といわれても・・・
「将門の首塚」と「お岩稲荷」はぜひお参りしていた方がいいですよ・・・何かあっても知りませんよ・・・って昔は怖がりな関東人を嚇していました(笑)・・・・反省
なぎさの民俗学者
2012/02/09 00:13

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