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zoom RSS 古事記1300年 出雲大社大遷宮 特別展覧会「大出雲展」 京都国立博物館  その1

<<   作成日時 : 2012/08/09 18:00   >>

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こちら上方では 連日30度を越える猛暑が続いております まあ 三伏の末伏を過ぎる頃にでもならないと(過ぎても暑いが・・・・)秋を感じる事はできませんね   みなさんの地方はどうですか


今年は あの古事記が上梓されてから 1300年目ということと 出雲大社の60年に1度のお屋根替えと本殿等の修造が行われる「平成の大遷宮」の最中ということで・・・いうまでもなく 現在 大国主大神は出雲大社の本殿にはいません 本殿に戻られるのは来年です・・・・京都(と江戸)で特別展覧会が開かれているので・・暑い暑い京都に出かけて行きました


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                            特別展覧会 大出雲展  京都国立博物館
                                      平成24年7月28日(土)〜9月9日(日)


                            江戸会場  特別展「出雲−聖地の至宝」 東京国立博物館
                                      平成24年10月10日(水)〜11月25日(日)



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いつもの京博へつづく七条大路も ぎんぎんぎらぎらの日差しです  まあ あんまり人が歩いとらんわな・・



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  あんまり暑いので 七條甘春堂に入り 涼しいところで 京あんみつでも・・・いかんいかん ここに入ったら最後 京博までたどり着かんぞなもし・・・   



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  汗をかきかき ようやくたどり着きました・・といっても大した距離じゃないけど・・・やっぱり 人が少ないね




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           京博は 前回の陽明文庫名宝展いらいですな 



ということで 館内に入ります 暑さのせいか はたまた 古事記や出雲にはあんまり興味がないのか 人は少ないです

展示は6章構成で 第1章は古事記について いきなり 国宝 古事記写本が展示してありますな

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                 古事記 上巻 賢瑜筆   1371  国宝  真福寺宝生院蔵      


いわゆる真福寺本といわれる古事記写本です 写本は 主に「伊勢本系統」と「卜部本系統」にわかれ この賢瑜によって書写されたものは「伊勢本系統」

さてさて ここで古事記についてさらりと・・ いうまでもなく 古事記は 古事記序文によると 和銅5年(712)に太朝臣安萬侶(?〜723)が天武天皇の命で 稗田阿礼の「帝紀」「旧辞」の誦習を書き写してまとめたものとされています

注・・・古事記序文は あくまでも 古事記写本に書かれているのであって 原本に序文として確かにあったかどうかはわからない ここでは 一応序文通りであると解釈します

稗田阿礼は謎の人物です 稗田とは 土地の名であり 稗田氏ということです 阿礼は大変特異な能力を持っており 「帝紀」「旧辞」を全て覚えているほどの記憶力があったという 「帝紀」「旧辞」というのは いわゆる歴史書であり 古事記の上巻神話のような物語性のあるものだったのでしょうか 疑問です  これは私の見解ですが 稗田氏はもともと猿女君(伊勢地方の氏族で 神楽を生業としていた)の子孫で 猿女君は様々な神話を神楽で伝承しており その物語性豊かな神楽と阿礼の「帝紀」「旧辞」の誦習を織り込んだのではないでしょうか

古事記上巻 神話の部分は 大きくわけて6つにわかれます 国産み神産み・黄泉の国行き・天の岩戸・出雲ヤマタノオロチ退治・大国主神と国譲り・天孫降臨ですが これらの物語をよくよく読んでみるとそれぞれの話は独立しており 関連性がないものを「帝紀」「旧辞」の中の神々の系譜と伝承でつなぎ合わせ無理矢理整合させたたようにもみえます だからこそとんでもなく?話が面白いのかもしれませんね(笑)  伊弉諾はどこへ消えたのか・・・なぜ出雲は建速須佐之男命ではなく大国主神なのか・・・建御雷神は葦原中国を平定したのになぜ天皇家の直接の先祖にならなかったのか・・・登場する重要な神々が次々と密かに退場していくのは・・・・みなさんも考えてください


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              本居宣長四十四歳自画自賛像  1773 重文 本居宣長記念館蔵



本居宣長(1730〜1801)といえば「古事記伝」ですな 今回の展示にも 宣長の書き込みがある 重文指定の古事記や古事記伝 再稿本などが展示されています 古事記の研究は本居宣長から以降それほど進展はしていません いうなれば宣長の古事記伝が 基本的にやるべきことはほとんどやったというところです
もちろん本居宣長は 1787年に真福寺本古事記写本を閲覧しておりますが その時はこの写本がいつ頃の写本かわからなかった 後に 本居宣長の門弟の 尾張藩士稲葉通邦が藩主の命で 1797年に古事記校訂本作成中に 胡蝶装の綴じ代の内側に「賢瑜」という文字を偶然に見つけました






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               埴輪 鹿 平所遺跡出土 5〜6世紀 重文  島根県教育委員会蔵


出雲は 埴輪の考案者 野見宿禰の故郷ですな 日葉酢媛の古墳を造る時に 殉死者を埋める代わりに土で作った人馬を立てることを提案したんですが これまで殉死者を埋めたような形跡がある古墳は発見されてませんね





                                    特別展覧会「大出雲展」  その2へつづく                                            




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