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zoom RSS 特別展「北斎」 風景・美人・奇想  大阪市立美術館  大阪散歩その1

<<   作成日時 : 2012/12/09 21:44   >>

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日本全国的に師走に入り みなさんの地方では忙しくなっていますか  というわけ?・?・・・でもありませんが・・久しぶりに 大阪市立美術館の特別展「北斎」へ行きました

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              特別展「北斎」 風景・美人・奇想  大阪市立美術館  12月9日まで 



大阪市立美術館へは 国宝 三井寺展 以来ですから4年ぶり!です 本日も天気は良ですね 大阪散歩ということですので 北斎を観た後 ぶらぶら歩きをしますが まずは北斎を・・



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                   富嶽三十六景 凱風快晴   日本浮世絵博物館蔵



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                  富嶽三十六景 神奈川沖浪裏 日本浮世絵博物館蔵         




私は 浮世絵の風景画が小さい頃から好きで 富嶽三十六景はもとより 広重の東海道五十三次などを一日中眺めていても飽きもしない・・・という変な小学生でした



この浮世絵という言葉  浮世の絵・・・か  よく江戸時代の人がネーミングしたなと子供ながら関心しきりでした そして 江戸の浮世絵絵師たちの デッサン技 デザイン性 創造力・・・浮世絵をよく観ていると 尋常じゃないということがわかってきますね  

現世が この世 死後のことは あの世  それじゃ 浮世は・・・ 私の解釈ですが ズバリ言えば 夢ですな 寝ている時に見る夢じゃないですよ  寝ても醒めても見る夢・・・この世もあの世も忘れて(いや 本当は忘れられないから)見る夢の世界じゃないでしょうか 実際にある風景でも人物でも 浮世絵に描かれると それは 浮世の世界のことになってしまう いかに この世に生きている人々に 浮世を見せるか・・・浮世絵師の腕の見せ所ですな・・・


葛飾北斎(北斎辰政 ?〜1846)は そんな浮世絵絵師の中の浮世絵絵師といっても過言じゃないでしょう 6歳の頃から物を写生(デッサン)して 生涯に数万点の絵を描いたともいわれている かなりの変人だったとされているが 日本を代表する世界的な画家であることは間違いない 変人?ゆえにその絵はかなり刺激的ですな 誇張というか デフォルメというか イメージの遊びというか  後に北斎のことを尊敬して 度々教えを受けていたともいわれている安藤広重(1797〜1858)からも最初は「北斎どのは (こと絵に関しては)我が儘」と思われていた 

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                   諸国瀧廻り 下野黒髪山 きりふりの滝   東京国立博物館蔵




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                    諸国名橋奇覧 摂州天満橋  島根県立博物館蔵



 
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                   百物語  こはだ小平二   山口県立萩美術館・浦上記念館蔵





今回の 北斎展 大阪限定の特別展だったみたいですね  私には 多少不満な点がありましたが 北斎の画業の一旦を知るにはよい機会だと思います 今年は 北斎生誕250年だそうですが 北斎は生まれた年がはっきりとわかっていません 

浮世絵のほとんどは いわゆる多色刷りの版画(錦絵)です だから 同じものが多数刷られています ただ 現在残っている 北斎や歌麿などの浮世絵のほとんどがあまり状態がよくありません じゃあ 状態のいいのはないのかというと あるんですね・・・・海外に・・・幸か不幸か 幕末から明治期に外国人コレクターの手によって海外に流出し そこで 日本より大事に保管されていたわけですな



さて北斎の作品の中では 3点が重文指定を受けています 今回はその内の2点が展示されていました もちろん 版画ではなく 肉筆浮世絵です

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                     潮干狩り図  重文  大阪市立美術館蔵


 
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                     二美人図  重文  MOA美術館蔵



潮干狩り図はかなり大きなものです 西洋画の遠近法を取り入れていますね 浮世絵の北斎のイメージとは少し違いますが 北斎の持つ非凡さがわかります 二美人図は有名ですね

これ以外のもうひとつの重文作品は 今回展示されていませんが 
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                  紙本墨画日新除魔図  重文  個人蔵

これは 北斎が晩年に毎朝日課として描き続けた獅子(または獅子舞)の図を 北斎が88歳の時にまとめて知人に送ったものが 全て(約180枚の獅子図と 約40枚の獅子舞などの人物図)残っています






さて ここからの記事は R18指定にさせていただきます 先に北斎展で多少不満な点があると申しましたのは・・・まあ 無理なこととは重々承知の上ですが・・・春画・・・北斎の春画が一枚もなかったということですな・・

春画についての考証をここでやるわけにはいけませんので さらりと簡単に 春画とは 中国の春宮画の影響でそう呼ばれていますが 当時は 枕絵・・このネーミングもいい(笑)・・・ともいいました 浮世絵は大きくわけると 名所旧跡などの風景画  悪所と呼ばれた歌舞伎などの役者絵 遊郭の遊女(美人画) そして 春画ですな

自らを画狂人と称し 生涯30の画号を転変し 90回以上も転居するなどの奇行者であり 画学も和漢洋三態の画風の研究の曲折を重ねながら 寸刻も休むことが無かったという奇才北斎・・・だからこそ春画を語らなければ まさしく画竜点睛を欠くということになりますな・・


北斎の春画 代表的なものをあげると                       
                       万福和合神
                       富久寿楚宇
                       多満佳津良
                       喜能会之故真通

などです それぞれ 何枚かの組本になっております


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                          万福和合神





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                            富久寿楚宇



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                             多満佳津良                



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                             喜能会之故真通


喜能会之故真通の中の「蛸と海女」これは 有名ですね 映画「北斎漫画」でこの実写場面がありましたね 春画というとやらしいとかで 眉をひそめる方もおられますな まあ実際にはヤラシイ(笑) しかし 浮世絵というもの自体がイマジネーションの産物なんです 富士山の形がおかしいとか 美人画の美人の顔がみんな同じように見えるとか 春画の男女の性器がでか過ぎるなんていう人は 江戸時代の人々より 遊びごころや想像力がないですな そんな人は 浮世絵の愉しみ方を理解できませんな  もっとも 現代人と江戸時代の人とはヤラシイの感覚や考え方が全然ちがいますからね だから映画といえども「蛸と海女」の場面を実写化するなんて・・・・江戸時代の人から観るとヤラシイの愚の骨頂以外なにものでもない・・・ 

当時は春画・・・ 女性からの需要も多かった 北斎は 春画を描くときのペンネームを「鉄棒ぬらぬら」「紫色雁高」とかにしていたとかで・・・読者とともに愉しんでいたんですな


                                 ということで   おわり  大阪散歩その2へ つづく


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                      人魂で ゆく気散じや 夏の原     画狂老人


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