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zoom RSS 日本一高いビル・・とか慶沢園とか  大阪散歩その2

<<   作成日時 : 2012/12/12 20:00   >>

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さて 大阪散歩 北斎展の続きです 大阪市立博物館で北斎展を観た後 そこら辺りをぶらぶらと歩き回ります これが一人歩きの良さですな 家人と一緒だとそうそう自由に行動できませんからね(笑)



それはそうと 天王寺駅前に高いビルが出来とりますがな・・・・・

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これですな 旧近鉄百貨店阿倍野本店跡に建て替え中の通称「アベノハルカス」 


東国の横浜ランドマークタワー(296m)を抜いて 現在日本一高いビル(建築中ですが 組み立て部分が300mに到達 2014年完成予定)だそうです  横ランよりも東京都庁のほうが 実際現地で観たとき高く感じたのは私だけでしょうか 近くによるとすらりとしたビルのほうがなんだか高くみえるんですね 



で 近くによってみました

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写真では 実感が湧かないとおもいますが く・く・・首が痛くなるほど高い・・・ まあ 下のほうはまだ 工事中ということもあって バリケードがあり ビルの真下から見上げることはできません


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 IR天王寺駅と阿倍野駅を結んでいた歩道橋も・・・まだ 渡れませんが・・・なんか かっこよくなってます


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            私のカメラでは  天王寺公園の方からやっと 全体を納めることができました 



そういえば 近鉄に先駆けて 梅田の阪急百貨店もリニューアルしましたね

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                梅田阪急ビル オフィスタワーと阪急百貨店   186.95m

こちらのほうは 300mとはいかないけれど結構 高くみえますね 


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                     2012年11月21日グランドオープンの阪急



どうして 人は高い建物をたてるのでしょうか 土地を有効利用できるから・・とかいわないで下さいよ 旧訳聖書のバベルの塔の時代から 人は高いところに登りたがる(笑) 人は大昔の記憶が本能として残っているのでしょうね まだ 人が 猿だった時代 地上は危険がいっぱい で 木の上で 一日の大半を過ごすようになる 高ければ高いほど安全とはいきませんがね・・・油断すると落ちちゃう(笑) それは 今でも同じですね あんまり 高いところにいると 何かあったとき・・エレベーターが止まる・・どうすんだろう





さて 市立美術館のあたりをうろうろしようとおもうのですが 茶臼山のあたりは 以前 書いたことがあるので 今回は 博物館の裏にある慶沢園にいきましょうか


途中にある門
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        福岡藩(黒田家)蔵屋敷の表門  江戸時代中期  大阪府有形文化財

当時 大坂には124の大名蔵屋敷があったが 現存するのは この門だけ 黒田家の蔵屋敷は現在の中之島三井ビル付近にあった 昭和8年同ビル建設に際し 三井から大阪市に寄贈された 現在は天王寺公園内 大阪市立美術館南側に保存されている 



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                          慶沢園への入り口


これ あまり知らない人多いよね 天王寺は公園と動物園というイメージが強いのかな 入場無料 天王寺公園からだと 誰でも入れます 慶沢園の池の周りに歩道があり ぐるりと一周出来ます しかし 誰もいません 大都会の中にあって 外からの雑音もほとんど聞こえず ここだけ 別世界のようです

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純日本風の庭園として知られる慶沢園は 住友家がこの地に移った際 約10年をかけて本邸(茶臼山邸)とともに造営した庭である 当時の住友家15代吉左衛門(号は春翠 1865〜1926)は明治28年(1895)からこの地の用地買収を始め 同41年に着工した。大正4年(1914)にはまず本邸を鰻谷から移転したが その間、春翠は庭園を「恵沢園」と命名し 大正7年の完工時に「慶沢園」と改めている 



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 この庭園の設計・施工を担当したのは当時の高名な庭師であった「植治」こと小川治兵衛(1860〜1933)である 治兵衛は山県有朋の無隣庵を手掛けて以来 京都を中心に活躍し 日本の近代造園に大きな足跡を残した造園家で 彼の手になる庭園は国や京都市の名勝などに多く指定されている 慶沢園は 大名庭園をモデルとした林泉式回遊庭園である 中島を浮かべた大池を中心に 三方に築山を築き変化に富んだ地形をつくり出している 周辺には園路や飛石 橋をめぐらせ 茶室や四阿・あずまや・が配されている



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 大正14年(1925) 住友家は神戸住吉に本邸を移し 翌 昭和元年に敷地12,940坪を大阪市へ寄贈した 昭和9年(1934)には一般公開され 同11年に敷地西半の住友邸宅跡に市立美術館が完成したが 敷地東半の慶沢園は戦後の昭和33〜35年ごろに本格的な整備が実施され 今日に至っている



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 敷地の東端部が削られたり 邸宅部が美術館に建て替えられた際 庭園の周辺部は改造を受けているが 池をはじめとした中心部は、竣工時の状態をよく保っている・・・ということです

 

おまけ
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              天王寺公園のビニール紐?で造られている動物たち


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                     大阪市立美術館前から 通天閣を望む

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