なぎさ

アクセスカウンタ

zoom RSS 軍師!? 官兵衛(黒田 孝高)と超ひらパー兄さん

<<   作成日時 : 2014/03/05 02:53   >>

トラックバック 0 / コメント 0

取り上げようかどうか迷ったのですが・・・基本的にN○Kの番組は見ないのですけど・・・大河ドラマ「軍師官兵衛」の主演が岡田 准一(1980〜)なんでねぇ〜 


画像


彼は 私の中学の後輩で・・娘や息子たちの小・中学の先輩でもある・・・まあ つまり地元の准一くんということ・・ 准一くんの実家は近所ですが もちろん私は面識はありませんよ・・・仲を取り持ってくれといわれても無理ですからね お嬢さん・・・・ 

その准一くんの主演大河ドラマ「軍師官兵衛」なんですが・・軍師・・・いうまでもありませんが古代から近代において日本では軍師という者はいませんでした 「軍師官兵衛」の時代考証を監修している小和田哲男(1944〜)先生も承知しているはずですが こうも世間的に歴史認識?が定着していると・・・まあ〜ええか・・ってことになってしまうのですね


画像

                           黒田孝高(1546〜1604)     


さて黒田(官兵衛)孝高ですが 秀吉に仕える以前のことはあまりよくわかりません もちろん後から 語たられたことや軍記物に書かれたものが主なものですからね・・・ 黒田氏の出自は近江(佐々木源氏)となっていますが 根拠がありません 播磨の黒田庄あたりの豪族ではないかと思われます 一族は放浪し祖父・黒田重隆(1508〜1564)父・職隆(1524〜1585)が備前福岡から播磨へ移り 赤松氏・小寺氏に仕えており 小寺氏没落後 官兵衛は秀吉に仕えました 


戦国時代 戦国大名の多くは人材を集めており その中から才覚ひとつで成り上がることも出来たわけです 秀吉もその一人ですが 官兵衛も才覚で 戦国時代を生き抜いた訳です 「軍師」として有名な逸話は 本能寺の変の時 毛利攻めの秀吉に光秀討伐を進言したとされるものですが 大将がいちいち重大な決断を部下の者から進言されていたら・・・しかも その進言にすぐに従ったら まず 無能な指揮官と烙印を押され 寝首を掻かれます そりゃ 大将より 軍師に仕えますよ こっちは命と出世を賭けてるんだから・・・秀吉の腹の中は決まっていました おそらく官兵衛も わかっていたと思いますね 後は秀吉の考える作戦をどうやれば成功させるか・・・その手配をみんなで考えることです 100歩譲って 大将がボンクラで進言しないといけないとしても ストレートに進言しません あくまでも大将が考えたと言わせるようにします・・・実際 ボンクラだと戦国の世を生き残れませんが・・・       

いうまでもありませんが 戦国の世を生きた官兵衛ですから ドラマチックないい人ではありません 秀吉の九州征伐の時 官兵衛は和議をしたにもかかわらず 豊前城井谷城主 城井鎮房(1536〜1588)の騙し討ちと その娘13歳の鶴姫を含む一族皆殺し・・・秀吉の命令とはいえ悲惨です・・・ これは ドラマで描かれるのですかね・・准一くんのイメージが壊れますな・・・
注・・ドラマでは鶴姫は助命され尼となったという一説を採用しています



といことで 准一くんのイメージ回復ということで


画像


           日本三大アミューズメントパークのひとつ ひらパーの2代目「超ひらパー兄さん」

ひらパー兄さん・・・?? いや〜 全国的に知名度がもうひとつだったかな・・・ こちら上方じゃ 超有名なんだけどね



                                              ということで   おしまい
  


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
軍師!? 官兵衛(黒田 孝高)と超ひらパー兄さん なぎさ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる