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zoom RSS 正倉院へ行こう 奈良散歩

<<   作成日時 : 2014/11/15 21:34   >>

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前回の正倉院展の流れから 正倉院展を観ながら 正倉院の建物ほうは観たことがないという人が多いので屋根瓦の補修工事が終わって 一般公開を再開した正倉院へ行ってみます 
                                            以前の正倉院訪問記事へ


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                  奈博を出て東大寺へ向かいます


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                              南大門の張り紙
平成5年に行われた 南大門金剛力士像大修理から20年がたち 各金剛力士に 汚れや一部彩色の傷みも見られるようになりました このため 汚れや塵埃の除去・彩色の補修・剥落止め・鎹の錆の除去などの保存修理事業が行われることになりました この間、阿形(西側)の金剛力士像が見られなくなるとともに 南大門内の通路3間の間口のうち 西側の1間が通れなくなります 
修理期間は 平成26年10月6日から12月22日までの予定で この内 平成26年10月7日〜10月11日 12月10日〜12月13日は 足場設置工事のため西側の石造獅子も見ることができなくなります なお 吽形(東側)像の修理は平成27年度に予定されていますが 期間は現在のところ未定です 
ということだそうです


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                    ということで 吽形力士のみ見学


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                              先へ進みましょう 


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                        東大寺大仏殿の横を通ります 


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                              東大寺講堂跡                          


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                 さて 正倉院に着きました ここは一般見学用入り口


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 中へ 正倉院展はわんさか人がいましたが ここは閑散としております 正倉院展開催中は休日も開いているんですが 誰も知らないのか・・・・・興味ないのか・・・


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 途中の参道横には 現代の鉄筋コンクリート製正倉院(東宝庫)が・・ 現在正倉院御物はすべて東西コンクリート製宝庫へ納められています したがって 毎年の御開封の儀 御閉封の儀は 西宝庫で行われております正倉院は古くから虫干し(曝涼)を行っていましたが 明治16年から年一度に定例化 そして 戦後の1946年に曝涼にともない 一般公開・・つまり 正倉院展が始まりました そしてこの鉄筋コンクリート製正倉院は1962年に完成 湿度温度管理されていますので曝涼の必要がなくなりましたが 今でも年に一度点検を兼ねて開封しており 一般公開されています



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                       正倉院が見えてきましたね


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入り口のところで 天下りの巣菊葉文化協会の連中からパンフレットを貰うというか いるなら持って行けという感じで・・・・ 


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正倉院は2011年から100年ぶりの改修工事(屋根の葺き替え 2014年10月まで)が行われておりました 奈良〜江戸〜平成の各時代の瓦が展示してありました


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                  屋根の葺き替え工事中の写真と正倉院の説明板



というこで 前置きはこれくらいにして 先に進みましよう 低い内側の塀の中には入ると


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正倉院がどーんと建っております 屋根の瓦の色が変っているのは 先述した各時代の葺き替えのためです 高さは総高14m 間口33m 奥行9.4m 総ヒノキ造り  東大寺大仏殿の北東に位置しています 後の古地図を観てもこのあたり 正倉院だけで(創建当時はたくさん伽藍やら倉庫やら建っていたでしょうが) 周りは松林のようです 場所がよかったのか度重なる兵火で類焼せず しかも風向きもよかったのか 火の粉も降りかからず?今日まで残っています そういえばこの近くの転害門も残っておりますね 正倉院と御物は 宮内庁の管轄です(私にはなぜ 宮内庁が管轄するのか納得いかんのだが・・) したがって・・早い話が 正倉院と御物は文化財とはなっておりませんが ユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されるために 正倉院のみ1997年に国宝に指定されました・・馬鹿みたいですが・・・ね 御物が納められていた唐びつはスギ材で 校倉のヒノキとは別に作られている これはヒノキだと樹液が出て御物を痛める恐れがあったからです

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あまり 知られていませんが 正倉院の東北 鬼門?にあたる場所に杉本神社の社殿が鳥居と玉垣に囲まれて鎮座しています 正倉院とともに今回 修理されて綺麗になっていますね 創建時期は不明ですが 鎌倉時代始め頃にはあったという(玉井家文書) また 今はないが 名前のもとになった 杉の巨木が社殿の後ろにあった絵図が残されています(三倉并行馬小屋絵図) 1902年 この杉本神社の社殿の床下から 一枚の鏡が見つかった 正倉院南倉の花虫背八角鏡と同じ 図柄 サイズの鏡です この鏡はもともと正倉院にあったものか あったものなら いつ 杉本神社へ ひとつだけ移されたのか・・まったくわかりません 
 

さて 正倉院の倉を開けるには 言うまでもないが 朝廷(天皇)の許可(勅封)がいるわけですが 正倉院全体がそうだったわけではありません 納められていた物・場所よって違っていました 北倉は創建当初から 中倉は平安時代中頃?から 南倉は明治8年に勅封となりました・・がかなり古くから 勅封同等の扱いを受けていたようです 時の権力者 道長 義満 信長 家康といえども 許可なしに開けることは出来ませんでしたが しかし彼らに開けてほしいと言われれば 開けざるおえなかったでしょう・・ね 家康などは 秘薬を手に入れようとして2回も開けさせている 


さて 正倉院はこれくらいにして さらに 人がいかないところへ行きましょう
 
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正倉院を見学した人は 大仏殿の方へ戻る方がほとんどです 先ほど入った入り口が正倉院の入り口だとは思っていないとおもいますが 大仏殿の方へ戻る道の反対側を進むと 正倉院の正式の入り口があります


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さらに進むと 大仏池の前 風光明媚な場所に 宮内庁正倉院事務所があります 正倉院と御物の保存 管理が主な仕事だそうですが・・・ね 



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                              大仏池から大仏殿

この 大仏池もあまり知られていませんね あれほど観光客がいたのに ここはほとんど人がいません 池の畔のベンチに座りひと休み・・・



                                         奈良坂あたりを散策へ つづく



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