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zoom RSS 高野山開創1200年記念 高野山の名宝 あべのハルカス美術館

<<   作成日時 : 2015/02/24 02:44   >>

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今年は 弘法大師空海(774〜835)が 嵯峨天皇から高野山の地を賜ってから(816年) 1200年ということで「高野山の名宝」展へ行ってきました

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      高野山開創1200年記念 高野山の名宝 あべのハルカス美術館  1月23日(金)〜3月8日(日)

                                   



さて あべのハルカス美術館・・・はじめてですよ お初!!・・・という訳で 早速 天王寺に降り立った私は・・・
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あべハルへ そういえばこれまで このブログでも天王寺界隈に来るたびに あべハルを取り上げてきましたが そもそも私が あべハルの中に入ること自体がはじめてですね





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・・で 大変きれいな・・・まあ出来たばかりですから・・・近鉄百貨店店内を通り2Fから 専用エレベーターで16Fまで ものすごい速さでイッキに上がります 私の住むマンションのエレベーターとは違いますな・・あたりまえですが・・この頃の高層ビルのエレベーターでは・・・耳がつーんとしませんな

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                          16Fの美術館に到着





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16Fのフロアは すべて美術館に使われております 天保山のサントリーミュージアムが閉館になって 残念に思っておりましたが 新しい美術館が出来てよかった





「高野山の名宝」展ですが 言うまでもなく 真言宗の総本山としての金剛峯寺を中心とする宗教施設全体をさす呼び名がいわゆる「高野山」であり まあ 実際には高野山というひとつの山があるというのでもなく いうなれば地名・・・ですな
その 「高野山」に 高野山霊宝館というのがあって 高野山に散らばっていた数々の名宝を一堂に集めて納めています 今回はそこからの展示となっております 上方からでも そう簡単には高野山には行けません 近くて遠い さすがまことによい地の利を 空海も選んだものです 

高野山金剛峰寺の開創1200年記念大法会は 2015年4月2日〜5月21日までの50日間行われる  数多くの寺院がある高野山で期間中 金剛峰寺の金堂など150以上の法会があります この開創大法会ですが 初めて行われたのが 1915年の開創1100年大法会 次が1965年 そして 今回が3回目です  え〜1200年の歴史があるのに たったの3回?・・・と思われるでしょうが 長い間 高野山というのはそれはそれは格式やら威厳やら秘法やら何やかんやあって そこらの寺院と同じように大法会などとチャラチャラしたことなどしなかったのですというより する必要がなかったのですが 明治以降神仏分離などで 高野山といえども生き残ることを考えなくてはいけなくなったのですよ・・・




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                        聾瞽指帰 上下2巻のうち上巻 797年? 国宝      

これは序文に「干時平朝御宇 聖帝瑞号延暦十六年窮月始日」とあり 空海24歳の自筆とされている 若干違う部分もあるが「三教指帰」の元原稿  空海の自筆とされているものはいくらか残っていますが 24歳でこの達筆さ加減は尋常じゃありません 実物を間近に見ると空海の筆の運び 墨の濃淡にさえも 空海のただならぬ人格が伝わってきます 入唐した時に 空海が書いた書状が現地の知識人たちにも一目置かれたという逸話があるほどですからね ぜひ実物を見てください







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   諸尊仏龕 唐 8〜7世紀   国宝  


空海が唐から持って帰ったと伝える 香木(白檀材)を三分割し それぞれを蝶番でつなぎ 釈迦如来を中心にして諸菩薩などを細かく彫刻する  これも尋常じゃないくらいの細かい仕事です 両扉となる龕を閉じれば 携帯できるように工夫されており 枕本尊とも呼ばれている ええ〜っ 枕代わりにしたの? 






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                      五大力菩薩像 三幅のうち金剛吼  10〜11世紀  

有志八幡講十八箇院に伝わったもので もとは五幅揃いでしたが 明治21年の火事で二幅が焼失 三幅のみ現存 残りの二幅は後半に展示 鎮護国家を祈る仁王会の本尊だそうです 今の政治家諸君 とくに危機管理の折にはこのくらいの形相で頑張ってほしいですね






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                        四天王立像  12世紀 重文
    
広目天の像(右から二番目)に快慶の銘があることから 快慶とその工房の作品とされています 平重衡による南都焼討(1180)の後 再興された東大寺の大仏殿内 大仏脇四天王像(高さが12mあったとされています)のプロトタイプとして製作されたものという もちろん今は・・・永禄の変1565年で大仏もろとも焼失したので・・・東大寺に四天王像は現存していませんが 大仏の脇に高さ12mの四天王像が立っていたのを想像すると・・・しかしこの四天王立像 どうして高野山へ? 実は空海をリスペクト?していた東大寺再興の重源(1121〜1206)が高野山へ持ち込んだ・・・そうです 






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                         孔雀明王像  1200年  重文

伽藍孔雀堂の元本尊で 後鳥羽法皇の御願により快慶が製作したものだそうです かなり大きなものでした まあ高野山といえば 密教 密教といえば孔雀明王ですな 画像ではよく観る孔雀明王ですが 立体造形してしまうと・・孔雀が微妙に可愛い(笑) 
                







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                     八大童子立像  1198年?  国宝

さて こちらは今回の目玉の展示品です まあ 八大童子立像が高野山を降りることも 8体揃いぶみで観られることも滅多にありません(霊宝館でも8体揃って展示されていません・・というか展示されていない方が多い) もとは不動堂に安置されていたものです 童子というからには 子供です 腹が出たり(栄養失調?) 足首のくびれなど 子供の体つきの特徴をリアルに表現していますね この機会にぜひ8体全部を観賞してください 次はいつ観られることかわかりませんよ







さて 実際の高野山ですが 私が最後に・・そう用もないのに何回も行く場所じゃないけど・・行ったのは もう10数年前です まだ 子供たちが小さかった時に家族4人で 高野三山(摩尼山 楊柳山 転軸山)巡りをしました その昔 女人禁制で高野山の伽藍内に立ち入れなかった女性が 高野山を一周する「女人道」のルート上に高野三山はあります 奥の院の入り口 中の橋の脇から女人道に入り高野三山を巡った後 女人道からはずれて少し急な坂を下りますが 再び 中の橋のところまで戻ってくるコースがあり 子供でも充分歩けます


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                                女人道





午前中早くに 中の橋まで車で行き 中の橋会館前の駐車場に車を止めるのがいいでしょう 午前中の人の少ない高野山はいいですよ 午後からは 大型バスや車や人やら・・・が多くなりますので・・





おまけ

美術館のある16Fは 北側に向かって オープンテラスがあります

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テラスから上を見上げると まだまだ先は・・・高い 本日は珍しく天気がよいので 展望台へ行く人は超満員です






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            左奥の高層ビル群は大阪梅田あたり 手前の緑は天王寺公園






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奥のビル群は京橋OBP その先は京都方面・・・私の住んでいるマンションの屋上から 遥か彼方にハルカスが見えますが このテラスからだと無理ですね 展望台に登り 望遠鏡で見たらみえるかも・・・ちなみに 手前の高層ビルは「セントラルレジデンス天王寺シティタワー」 104mです






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          生駒山方面  右手の高層ビルは 「シティタワーグラン天王寺」 162m







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さて お帰りはこちらのエレベーターで超高速で降ります もちろん行きと帰りは別々の乗り場のエレベーターです 



                                                   ということで おしまい



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高野山開創1200年、大法会始まる
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ローカルニュースの旅
2015/04/03 18:48

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