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zoom RSS 特別展信貴山縁起絵巻 奈良国立博物館

<<   作成日時 : 2016/05/25 01:56   >>

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今年はサミットが日本の賢島で開催されますね  主要国首脳会議ですか・・ ロシアが参加する前は 先進国首脳会議・・・ いつまでも先進国だの主要国だのと考えていたら・・・

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                    特別展信貴山縁起絵巻 奈良国立博物館  22日まで  


さて 忙しくて 中々 奈良まで行けなかったので 最終日に駆け込みで観てきました

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信貴山縁起絵巻・・・言わずと知れた 三大国宝絵巻の一つですね これまで 断続的に観たことはありますが 全巻公開は初めてです 以前 奈博では 国宝玄奘三蔵絵12巻の全巻公開をやりましたが さすがに120mの長さでは一度は無理で 前期後期に分けました 今回 信貴山縁起絵巻は 36m 一挙公開です しかも ついでに? 粉河寺縁起絵巻も辟邪絵も見せちゃいますよ という太っ腹です 


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                          山崎長者の巻  飛倉


信貴山縁起とは 言うまでもなく 信貴山真言宗総本山朝護孫子寺の縁起にまつわる話を題材にしたもので 今昔物語などにありますね 朝護孫子寺がいつ頃創建されたかのか詳しいことはわかりません おそらくは修験道など山岳信仰の修行場が起原だと思いますが 朝護孫子寺自体は 聖徳太子が物部守屋討伐の戦勝祈願をした際に 寅の年 寅の日 寅の刻に 毘沙門天が聖徳太子の前に現れ その加護によって物部氏に勝利したことから 594年に毘沙門天を祀る寺院を創建し「信ずべき貴ぶべき山(信貴山)」と名付けたのを採用しています 従って 朝護孫子寺の寺内には 張り子?の虎がいたるところにいます


信貴山縁起は 朝護孫子寺の創建縁起ではなく 寺の中興の祖 命蓮上人の事績について描かれているが命蓮そのものはどういう人物だったのかよくわからない 只 大変な超能力者だったらしい 詳しくは今昔物語や宇治拾遺物語を読んでもらうことにして この 山崎長者の巻では 鉢を飛ばしたりして 居ながらにして 食べ物を手にいれたり 長者を懲らしめたりします

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                            金銅鉢  重文

これが あの 飛ばしていた鉢ですか!? 小さい! 長者の倉を載せて飛んだということですからね・・まあ 絵巻の鉢とも少し違うように見えますが この際どうでもいいですよ 超能力ですから 

銅板を打ち出して成形し 鍍金を施した仏前供養用の鉢 線刻銘より 延長7年(929)に寛運が聖徳太子の宝前に施入したことがわかる 延長年間には寺堂の整備が行われており その一環での施入であろう 信貴山における聖徳太子信仰を考える上で重要である なお この折の復興は命蓮が主導しており 後世の飛鉢譚との関係も注意される



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                         延喜加持の巻  護法童子     

さてさて 命蓮上人はまたまた 超能力を発揮します あるとき延喜の帝(醍醐天皇?)が病に罹りますが 枕元に剣の鎧を纏った護法童子を遣わせて 自分は信貴山に居ながらにして病を治してしまいます 

毘沙門天王の使者である飛行夜叉が金輪を国王の頂上に掲げてその寿命を延ばすという 『雑譬喩経』所載の説話を反映する・・とも



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                          尼公の巻  東大寺大仏    

この巻は 少し趣が変わります 命蓮上人には故郷である信濃に姉がいました その姉 尼公が 東大寺で受戒するといって信濃を出てから長く音沙汰がない弟を訪ねて南都まで出てきた しかし 中々 巡り会えない 尼公は途方にくれて東大寺の大仏の前で一夜を過ごし 「命蓮のいるところを夢にでも教えたまえ」と祈った すると夢の中に仏が現れ 「ここから南西の方角に山がある その山の紫雲棚引きたる処を尋ねよ」とのお告げがあった そして明け方 南西の方角を見てみればかすかに見える山(信貴山)に紫の雲が棚引いていた そして めでたく 2人は巡り合い 姉の尼公は信濃には帰らず 命蓮とともに山で修行して暮らした・・・当時 女性がたった一人で信濃から奈良まで旅をするだけでも大変なことだし 東大寺の大仏の前で普通の人が一夜を過ごすことは一般には無理(しかも女人である)だし 当時女人禁制の信貴山に登るのも無理 僧身である命蓮が修行といえ 身内の者(女性)と暮らすのも限りなく無理・・・これは 一体どういうことなんでしょうかね 私は 平安後期の当時の仏教の閉塞感からの解放・・・そして 次の鎌倉仏教の何でもありの予感をはらんでいたように思えますが・・考えすぎですかね


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                         粉河寺縁起絵巻  国宝  京博寄託

風猛山粉河寺の創建縁起を描いたものです この絵巻の後半は河内国讃良郡の長者の一人娘の病が粉河寺の霊験で全治し そのお礼に粉河寺へ参拝して そのままそこで出家するという話ですが この河内国讃良郡の長者が 鉢かづき(初瀬)物語の寝屋の長者じゃないかと言われていますね まあ どちらも史実的にはっきりしませんが・・・というかおとぎ話だろうけど 寝屋の長者の屋敷跡は伝承ですが残っています 



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                           辟邪絵 旧益田家本乙巻  国宝 奈博蔵                  

本来は一巻の絵巻ですが 掛け軸にしたりして切り取り 5幅に分かれています その他の国宝「地獄草紙」と一緒に「地獄草紙」と呼ばれていましたが 地獄に関するものではなく 様々の悪鬼を退治する 由来も様々な善神たちを集める 古来中国で行われた辟邪 すなわち邪悪な鬼類を辟け除くための図絵の伝統に連なると考えられて 現在は仮に「辟邪絵」と称されているだそうです


ということで めったに 観ることの出来ない 信貴山縁起絵巻全巻公開 大急ぎで観ました・・・残念ながら リニューアルしたなら仏像館は観ませんでした・・・ この後 JR奈良駅まで 鉢に乗って飛んで行き(ウソ) 大和路線で天王寺まで出て 大阪市立美術館に駆け込みました 


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                   王羲之から空海へ  大阪市立美術館   22日まで

こちらの方も 駆け込みでの鑑賞でした ただ こちらの記事の方は 割愛させていただきます 私は 書については 全くの門外漢ですし 普段 毛筆を使うことなどありません 硯を摺ったのは高校生の頃が最後じゃないかと思います 出品されていたものは国宝を含め 素晴らしいものばかりでした スマホにPCにと 字そのものを書くことが少なくなっている昨今 硯を摺って字を書いてみたくなりましたね・・・


おまけ

前回紹介しました おまけの枚方T-SITEビルですが 17日オープンしました で・・オープン初日に出かけて行きました・・・いや ミーハーじゃないですよ・・・私は忙しいですから


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やっぱりというか平日にもかかわらず 枚方市駅周辺は人が多かったですね 今までは平日だと閑散としていましたが・・ 


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      で・・駅から直接行ける 連絡僑を渡り TUTAYAへ 巨大な本棚が見えています


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   店内は 人でいっぱい お客もさることながら 関係者やらマスコミ連中らしき人たちもいっぱいいましたね  
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まだ慣れないというか 人が多いというか 枚方には似合わないというか(笑) でも 興味深々でくまなく探検をしたくなるというか・・ まあ 地元ですので もう少し 落ち着いてから ゆっくりと立ち読みを兼ねて来てみたい・・


                                             
                                             ということで おしまい




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