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zoom RSS 旧東海道(鎌倉街道)を歩く 三条粟田口から蹴上 その2

<<   作成日時 : 2016/10/21 01:59   >>

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さて 旧東海道歩きの続きです

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さて 前回の粟田口の掲示版あった神宮通との交差点角に 「尊勝院 庚申堂参道 将軍塚登口」 案内の1939年建立の道標


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古道は旧白川小学校の横を通ります 坂道は続いています 三条通(近世東海道)の方は 道が平坦にされていますので気がつきませんがね・・・実際に昔は粟田口からは 登り坂でした 地形図や実際の地形を見てみると 古道は切通しになっているのがわかります 平安 鎌倉時代の粟田口の地形を復元してみると かなりのアップダウンのある山道でした


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途中 青蓮院門跡参道の道標 青蓮院は言わずと知れた天台三門跡 もともと 最澄が開いた比叡山にあったが平安時代末に現在地に移された 余談だが 京都を初めて案内する時 この青蓮院に行くとよい 観光客は少ないし 全体に品がいい ここには京都のすべてが詰まっているといっても過言ではありません


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元三大師の石碑 元三大師とは 延暦寺中興の祖 良源(912〜985)のこと 先ほどの尊勝院が青蓮院の横にあります 尊勝院は良源を本尊としている天台宗の寺です この道を山の中へ登ると青蓮院に付属しているような小さな本堂があります


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続いて 粟田神社の鳥居が 古道に面してあります 尊勝院は ここからだとこの粟田神社の裏手にあります


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              では 少し 粟田神社に寄り道してみましょうか・・・石段を登ります


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創建については 詳しいことはわかりません 古くから この地いた粟田氏の祭祀跡あるいは氏神社が始まりとされています 平安時代中頃に八坂神社(祇園感神院)から感神(素盞鳴尊 大己貴命)され 江戸時代まで感神院新宮と呼ばれていました  境内は 他の京都の社寺とは違い 観光客もおらず 静かです  古くは粟田口は刀工などの鍛冶職人が住んでおりました 粟田神社参道を下りきって 三条通の先にある合槌稲荷明神の辺りに 平安時代住んでいたという 粟田口宗近(三条小鍛冶宗近)が有名ですね そう あの名刀 三日月宗近を鍛えた人です 


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ここからだと 眺めがよいです 京の街並み(岡崎方面)がよく見えます まことに 粟田口は京の出入口であったことが認識されます

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さて 旧東海道に戻り 先をいそぎましょう 粟田神社横 古道に面して 良恩寺があります 寺の背後にある花頂山にあった火葬場に行く葬列がここに寄り 引導を受けました ここには あの千利休にも影響を与えたともいわれた粟田口善法 愛用の手取釜が残されていますね 天下人の秀吉が手取釜に興味を持っていると伝え聞いた善法は こんなものを持っているから興味を持たれるのだ とばかりに たった一つだけ持っていた茶道具の手取釜を打ち壊してしまう 後に千利休が それでは困るだろうと 写しを作らせて善法に渡した手取釜が現在も残っているものですが どこまで本当の事かわかりません


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さて 良恩寺を後にして先へ進みます 道幅は次第に狭くなります 本来の古道の道幅に近くなってきました 古代官道の道幅はいざ知らず 鎌倉時代の東海道は 京に近いところでも山道だと 結構狭いものです


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           やがて 旧東海道は粟田口の外れ 佛光寺本廟の前を通ります 


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佛光寺本廟は 東山廟所とも呼ばれ 京内にある真宗佛光寺派 本山佛光寺の別院です ここに親鸞の御廟屋があります ええっ 親鸞の御廟は大谷御廟ではないのか・・ もともと 佛光寺は東山にありました 親鸞が1263年に亡くなると 鳥辺野で荼毘に付されそこに御廟を建てたのが大谷御廟(本願寺)であり 当時は本願寺派よりも佛光寺派の方が勢力があった が応仁の乱を経て 立場が逆転しました 秀吉によって 現在地(下京区高倉)に本山佛光寺が移され さらに 江戸時代中頃大谷御廟から 一部親鸞の遺骨とともに廟堂をここに移したという いわば佛光寺派の御廟というわけです 


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      さてさて 佛光寺本廟を過ぎると ますます道は狭くなり 民家も途絶えて 一見山の中へ


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と すぐに 都ホテルの敷地に当たり 行き止まりになりました 旧東海道はここまでです  明治時代の地図で確認すると 旧東海道はこの後 左側に周りこむように華頂山の麓を通り 蹴上で近世東海道と合流しています 
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都ホテルは随分と高い所に建っています 旧東海道はその下を周りこむように・・・

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                       旧東海道との合流付近

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              合流した東海道は更に 山道を東に・・・といっても 現在は御覧の通りです

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                     蹴上 ということで 旧東海道歩きはここまで・・・


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                       ごくろうさまでした    

                           旧東海道(鎌倉街道)を歩く 三条粟田口から蹴上 その1へ

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