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zoom RSS 第68回正倉院展 奈良国立博物館

<<   作成日時 : 2016/11/09 16:51   >>

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               第68回正倉院展 平成28年10月22日〜11月7日 奈良国立博物館


夜明け前まで 雨模様の上方でしたが 晴れ男の異名を持つ私にかかれば 奈良の都は晴れて来ました まず 私が 仕事以外で奈良に来て雨が降ったことが・・・・記憶にないですね


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ということで 恒例の正倉院展に出かけました 今回 余裕をこいてゆっくりと奈良に到着したのですが


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随分と並んでいるように見えたのですが 10分待ちだそうです 私も最後尾に並びましたが ほとんど待つこともなく 館内へ 

さて 今回は総数64件(北倉10件 中倉29件 南倉22件 聖語蔵3件) うち初出陳9件という内容です  聖語蔵とは東大寺の塔頭の一つである尊勝院の経蔵の事 ここの経典類は 隋・唐伝来のものから奈良時代〜鎌倉南北朝に至る約5,000巻の写経・版経で 1893年に経蔵とともに皇室に献納され 現在は宮内庁正倉院事務所が管理しています 

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                        鳥木石夾纈屏風  北倉44                      

図様を彫り込んだ板に布帛を挟んで染色する夾纈の技法で 図様が左右対称になっている 6扇あり うちの2扇 聖武天皇遺愛品  描かれている鳥はキンケイかヤマドリではないかとされていますがどうでしょうね 樹下に鳥獣を表す構図はペルシアに起源らしいですが 国産の絹が用いられることから 中国の花鳥画の伝統を踏まえ わが国で製作されたと考えられるということらしい  実際にいる鳥を写実的に描いたのでしょうかね 

 

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                          牙櫛(3枚)  中倉123

象牙製の横形の櫛で 正倉院には3枚が残されている 10cmほどの小さい櫛だが どうやって歯を挽いて作ったのだろう 実物を見る限り 髪を梳くという実用向きでないように思える 奈良時代の櫛はツゲやイスノキを素材とすることが多いが 日本で産出しない貴重な象牙を用い 極めて高い技術がふるわれた本品は 中国からの舶載品と考えられるという 象牙というのは意外と硬い材質で 細かいものを掘り出すのに適しているけれどそれなりに 道具と技術がいるものである



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                        撥鏤飛鳥形  中倉118

いゃあ〜これは小さい 一様 象牙製です 当時は・・今もですが・・象牙は大変貴重なもの 足のところにひもを通す?穴があり いわゆるアクセサリー的?なものらしい 色は 近時行われた調査で 藍色の染料は藍を 蘇芳色の染料は紫根を使用していることが判明した ということです 現在は千年の時を経て 色が変わっていますが いわゆる当時は紫色や藍色の小鳥だったわけで 象牙製で高貴な色の小さなアクセサリーをさりげなく身につけていたのでしょうか お洒落ですな 


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楩楠箱 中倉158 

仏・菩薩への献納品を納めて仏前に進めるのに使用したと考えられる箱を献物箱だそうで クスノキ材製  銘木と呼ばれている木材には 年輪や杢よような味のある木目があるが この箱の表面には 丸い杢が無数にある玉杢が見事に現れている 年輪とは違い杢は必ずあるわけでないので 希少価値が高い 千年の時を経て これも見事な風合いが出ています 欲しい! 下の台座は明治時代に付けられたものだそうです


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                          アンチモン塊  南倉174

アンチモンは金属の一種(記号Sb)で 銀白色の光沢があり もろく 毒性がある 15世紀頃 西洋で元素として知られるようになり 金属活字などの合金に主に用いられてきた 現在は半導体など電子材料の用途として重要である ということで 永らく白銅塊として伝えられてきましたが 1994年 成分分析で アンチモンとわかった さて この正倉院のアンチモン塊は一体何なのか よくはわかっていませんが 日本最古?の貨幣 富本銭に アンチモンが含まれていますが 正倉院には富本銭はなく 今回展示されていた和同開珎(15枚 南倉)や神功開宝(1枚 南倉)にはアンチモンは含まれていません 日本で産出された(愛媛県市之川鉱山?)輝安鉱を精製したのではないかといわれていますが 私は中国からの渡来品だと思います


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                            磁皿(奈良三彩)   南倉8

中国 唐三彩を真似て作られた奈良三彩の皿 正倉院に伝わる奈良三彩は57点その内 緑 黄 白の3色を使ったのは5点 2色は35点 単色は17点 すべて三彩とよばれています 今回の展示は緑と白の二彩の磁皿3点 写真のものは 天平勝宝7歳(755)7月19日に行われた聖武天皇の生母である中宮・藤原宮子の一周忌斎会にて 聖僧供養の食作法に用いられたものと推測される という 


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                            漆胡瓶   北倉43 

テープ状にした木の薄板を巻き上げる巻胎技法によって素地を成形し 全体に黒漆を塗った上に 文様の形に切り透かした銀板を貼る平脱技法で山岳や鹿 オシドリなどを施し 広々とした草原に禽獣が遊ぶ様子を表す 巻胎技法は唐で完成した技 デザインは胡(ペルシャ) それほど大きなものではありませんが 当時は黒漆の上に銀版の模様が鮮やかに輝いていたというが これはこれでいいですね まさしく古美術の極み 1300年前の年月がいぶし銀の風合いを落ち着かせています ほとんど無傷で残っているのが奇跡ですね 聖武天皇の遺愛品として 聖武天皇没後 光明皇后が東大寺に献納したものだといわれています

ということで 今回の展示は 超目玉がなく 割と普通というか 地味な(笑)正倉院展でした ただ 私が学生時代に漆胡瓶を題材に歴史小説を書いたのですが・・・唐の宮廷専属の若い職人が 街で見かけた美しいペルシャ女性が持っていた金属製の水差しに魅せられて それを真似て巻胎で造る あまりにも素晴らしい出来であったので 皇帝献上品となり やがて 日本から来た遣唐使たちに他の巻胎漆器とともに贈られる 若い職人は自分の作った漆胡瓶の行く末を見るため遣唐使たちと日本に渡る 735年紆余曲折を経て日本に到着 途中山賊の襲撃など遭いながらも切り抜け無事に奈良平城京に・・ 翌736年 若い職人は帰国した遣唐使中臣名代らと聖武天皇に謁見 自ら漆胡瓶を手渡す その時 聖武天皇が発した言葉は・・・とうような内容の小説です いや〜恥ずかしい 今回 本物の漆胡瓶を見ることが出来て感無量(笑)です 


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             見終わって 出てくると 待ち時間は30分になっていました


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さて 帰りかけようとしましたら  何知らんふりして帰ろうとしくさってんねん 写真撮らんかい このドあほが! と御鹿様に呼び止められました ポーズを決めておられましたので 一枚撮らせて頂きました  御鹿様は 気ぃ付けかい と捨てセリフを残されて行かれました すみませんでした・・・


                               以上 奈良で鹿に絡まれた・・いや 正倉院展 おわり









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