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zoom RSS 戦国時代展 -A CENTURY of DREAMS-  京都府京都文化博物館 その2

<<   作成日時 : 2017/03/06 21:36   >>

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さて 前回の続きです
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エレベーターで4階の展示室まで上がります ここが戦国時代展の会場になっています 人はあまりいませんね ゆっくりと鑑賞出来そうです


さてこの 展覧会は 江戸 京都 そして山形(米沢)と展覧して回ります 戦国の米沢といえば 上杉ですね 今回の展覧会は米沢市上杉博物館の蔵品が中心になっています 頑張ってますね 

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                                      上杉謙信像  林泉寺  江戸時代

戦国時代のイメージを代表するものに 永禄4年(1561)9月の第四次川中島(八幡原)の合戦で上杉謙信(1530〜1578)と武田信玄(1521〜1573)の一騎打ちですね

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                  川中島合戦屏風 左隻部分 岩国本 17世紀  岩国美術館

この屏風に描かれていのは武田の甲州流軍学書「甲陽軍鑑」の記述による合戦の様子です この甲陽軍鑑の記述によって 両者の一騎打ちが 本当にあったように広まったわけですが 上杉側の「上杉家御年譜」によると そんな事は書かれていません この時の合戦は 上杉軍の奇襲により 両軍ともに乱戦となりました 謙信自身も自ら 太刀を振るったと近衛前久に手紙を送っていますが その相手が信玄とは書いていません しかも上杉家御年譜には 陣を崩された信玄は 御幣川まで退却します それを追って 上杉軍の荒川 長実が斬りかかります 荒川は三太刀振るうも 信玄は軍扇で防ぎました この場面は甲陽軍鑑の謙信と信玄の一騎打と同じですね このとき信玄は傷を負いました 信玄に傷を負わせるほどの強者とのことで 謙信だったのではないかと合戦直後から噂になっていました しかし 合戦を目撃していた天海(?〜1643)が信玄の陣中見舞いに行き 大将同士の戦いぶりをほめると 信玄は実際に傷を負っているにもかかわらず 無名の輩に傷を負わされたのが恥と思ったのか あれは自分ではなく 自分の影武者であるという・・? 話がややこしくなりますが 一言でいうと 謙信は自ら太刀を振るって戦ったが その中には本物の信玄はいなかった 信玄は謙信の恰好をした(謙信の影武者?)荒川と戦ったが 本物の謙信とは戦っていない・・・というのが真相 しかし 甲陽軍鑑の作者は謙信と信玄の一騎打と書いてしまったんですね・・・ 

一騎打が 作り話だったというわけですが 今回の展示会とは関係ないので先へ進みます・・・

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                      陣貝  真田宝物館蔵

    


                 
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                      陣鐘  真田宝物館蔵

                         
真田家に 武田信玄より拝領されたと伝わる法螺貝 かなり大きなものです こんなもの持って戦場を走り回ることは出来ませんね  鐘も武田信玄より拝領と伝えるが詳しくはわからない 銘文があり 「弘治三丁巳年(1557年)八月日 勅許御鋳物師 泉州住 池田河内守久行」とある 戦場ではこの法螺貝や鐘以外にも太鼓が使われましたが 合図として使うというものではなく 戦意高揚のために鳴らしたとみるべきですね

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                         黄八幡旗  真田宝物館蔵 

真田昌幸の弟・信尹が 武田信玄の家臣として北条綱成(1515〜1583)が守る駿河深沢城を攻め落としたとき その戦利品として奪い取ったものと裏書されています 綱成は後北条氏の五色備えの内 黄備部隊として有名ですね その黄備から奪ったのだから さぞかし鼻が高かったでしょう 

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                 泥足毘沙門天 鎌倉時代 法音寺蔵     

上杉謙信の居城である越後春日山本丸北側にあった毘沙門堂の本尊 なぜ泥足というかは 謙信が最も崇拝して 特に出陣の時は毘沙門堂に数日篭って戦勝祈願をしたといい ある時 徹夜で祈願をした朝 護摩壇の上から外に向って点々と毘沙門天の足跡が残っていたことから 謙信の戦陣にまで加勢に出たとなり いつしか 泥足毘沙門天と呼ばれるようになる まあ 日本昔話みたいだけど(笑) 上杉の軍旗「毘」の字はこの毘沙門天信仰によるもの

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              縹糸威最上胴丸具足   室町時代  埼玉県立歴史と民俗の博物館蔵
 
古河公方足利政氏(1462〜1531)が開いた甘棠院に伝来した具足で 政氏所用と伝える 政氏は2代目古河公方 父の足利成氏(?〜1492)が 関東管領上杉 憲忠(1433〜1455)を暗殺(享徳の乱) そして鎌倉(5代目公方)から古河に拠点を移したわけです この辺りから 関東地方の戦国時代が始まったとされています もともと鎌倉公方は関東管領(幕府から見て)と呼ばれていた時期もあったりで 試験勉強がややこしくなってきます(笑) 



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                       銘吉光 号五虎退  鎌倉時代  個人蔵  
 
永禄2年(1559年)に上洛した上杉謙信が 正親町天皇より拝領したといわれている粟田口吉光作の短刀 五虎退とは 足利義満の派遣した遣明使の使節団の1人が中国で虎に襲われたが所持していたこの短刀で5たび追い払ったというところから・・ 有名な短刀ですが 重文にも国宝にもなっていません



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           絹本著色秋景山水図 右・冬景山水図 左 国宝 12世紀  金地院  京博寄託

もともとは 身延山久遠寺の絹本著色夏景山水図(東博寄託 国宝)と現在不明の春景と合わせて四幅の中国伝来の山水画であったという 足利義満の鑑蔵を示す「天山印」があり義満が蒐集し 後に義政の「東山御物」に加えられたものです 将軍家蔵品目禄「御物御画目録」に「四幅 山水 徽宗皇帝」とあり 徽宗帝の筆とされてきました・・が これは もとは徽宗帝のコレクションだったということじゃないでしょうか


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                    上杉家文書 部分  国宝  米沢市上杉博物館蔵 
上杉家文書は旧米沢藩主であった上杉家に伝来した古文書群です 平成元年に上杉家第16代当主故上杉隆憲氏から米沢市に寄贈され 米沢市立上杉博物館の所蔵となりました 南北朝・室町時代の中世文書を中心に 鎌倉時代から明治時代に至る2018通 4帖 26冊および附 歴代年譜325冊 両掛入文書箱等並赤箪笥3合 2棹    平成13年6月22日 武家文書としては初めて国宝となりました 上杉家文書をある程度まとめて観るのは初めてです 普段は上杉博物館にでも行かないと観れません(笑)


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                洛中洛外図屏風   上杉本  国宝  米沢市上杉博物館蔵          

この展覧会の目玉ですね しかも前半(3月12日まで)だけの展示です 後半は複製展示ですのでご注意 さてこの洛中洛外図屏風は 狩野永徳展以来 二度目のご対面です 今回はほとんど人がいない状況でゆっくりと鑑賞出来ました この屏風は 信長が謙信にしばらくは敵対しないという気持ちを込めて贈った(1574年)ものですが 永徳に最初に発注した(1564年)のは足利義輝で 謙信に早く上洛をしてくれと贈るつもりだったが 完成前に暗殺されてしまう この後 上洛した信長はこの屏風の存在を知り 武田との決戦を前に 対上杉工作に利用したわけです さてこの屏風には一体何人の人が描かれているかわかりますか 答えは後ほど・・・ そしてこの中に あの弁慶石も描かれております 見つけてください



戦国時代とは 一体 いつからいつまでをいうのでしょうか・・・ 教科書的には 1467年の応仁の乱から 1573年の信長による槇島城落城・・・ 足利義昭の京都追放まで・・・ いわゆる実質的な室町幕府滅亡までですが この展示会も年表はそうなっていました 私ゃ 源平合戦から頼朝が幕府を開いた辺りから 大坂夏の陣までと言わせてもらいたい(笑) 

                                                        答え・・・・2,479人


さて 今回 2階の総合展示室で「京の至宝と文化」展があり あの東寺百合文書が 全体のほんの一部ですが・・・まとまって展示されていました これはラッキーですね 戦国時代展の帰りにはぜひ寄ってください

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                     東寺百合文書  国宝  京都府立総合資料館蔵

東寺百合文書は 8世紀から18世紀までの約1千年間にわたる膨大かつ長大な歴史が詰まった古文書群で 平成27(2015)年10月10日にユネスコ記憶遺産に登録されました 東寺百合文書と総称されるが 実際には文書以外の古記録や美術品などが大きな割合を占める 総数24,067点の内訳は 古文書9,454点 書跡・典籍11,602点 絵画2,655点 彫刻58点 工芸品298点(分類不能の物品を含む)です 百合とは 加賀藩第4代藩主前田綱紀(1643〜1724)が 東寺よりこの文書を借り受け 調査したおりの謝礼として 文書を納める桐箱93個モミ箱1個計94個を寄進したことから・・百には足りませが・・百合文書と呼ばれました


 
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ということで 京都文化博物館を辞した後 外へ出たら やっぱり寒い・・・ので 新京極へ そこで熱々の鍋焼きうどんを食べました ついでにいなり寿司も!

                                      おしまい 戦国時代展 その1へ





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