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zoom RSS 特別展 池大雅 京都国立博物館

<<   作成日時 : 2018/05/18 20:40   >>

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前回の国宝展から はや半年 秋から冬 そして年が変わり 春がすぎ そしてここ上方では季節は初夏を迎えようとしています  みなさんのところはいかがでしょうか
 
ということで 京博へ池大雅を観に行ってきました
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                特別展 池大雅 天衣無縫の旅の画家  京都国立博物館  5月20日まで


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本日 京都七條はあいにくの曇り空 天気は下り坂で夜半から風雨が強くなるとのことです まあ明日は夜明けとともに天気は回復するそうです

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京博へ到着 途中 京博の向いの三十三間堂には 修学旅行の学生がわんさかいましたが こちらの池大雅を観に行こうとするような渋い学生諸君はいませんね もう間もなく展覧終了(20日まで)ですが それほど混んでいませんでした


さて 池大雅(1723〜1776)ですが 1933年の遺墨展覧会以来85年ぶりの大回顧展だそうで 前回は・・戦前のことなんですね  国宝展では展示がなかった 池大雅の国宝3作品も展示するということです


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                    陸奥奇勝図巻  1749年 重文  九州国立博物館蔵

私は池大雅と言えば 京都で生まれ 同じ京都生まれの奥さん 玉瀾と共に 現在の円山公園の真葛原にアトリエを構えて 悠々自適に暮らした・・・ぐらいしか知りませんが 江戸時代 江戸の浮世絵 京の南画と言われた? 南画の大成者で知られています その南画も プロの絵描きではなく いわゆる文化人?がそれなりに?描いたもので 文人画とも言われています 


自らの特技を活かしてか なんと15歳で扇面に絵や書を描く店を出した池大雅は京都が主に活躍?の場でしたが もちろん 朝廷や有力貴族・大名とはほとんど交流はありません というかそういう類とは あまり交わらず 同じ文人仲間と交流 そこで培った人脈で 仕事?を請負ったり 創作したりして生活していました  天衣無縫の旅の画家と副題がついているようにその生涯に多くの旅をしています 池大雅は1748年に江戸へ赴き そこからさらに松島を訪れた そしてその翌年 今度は金沢まで足を運んだ その時に金沢藩の藩士小堀永頼の願いに応じて 松島の風景を描いたのが陸奥奇勝図巻です 

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                       浅間山真景図  18世紀  個人蔵

浅間山真景図は信州の浅間山を描いたとされていますが 伊勢の朝熊岳を描いたとする説もあります 池大雅は1760年の夏から秋にかけて 親友の高芙蓉らとともに 2ヶ月半かけて白山・立山・富士山と約1400kmを踏破の山岳紀行の旅をした その際に 信州の浅間山をスケッチしたものをもとに あとで完成させたのがこの絵だとされています この絵の賛は自ら書いています よく描けているので文字通り自画自賛しているわけですね


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                      五百羅漢図  1756年? 重文 萬福寺

父親を4歳で亡くした池大雅は 幼い頃から書についても天賦の才能をみせる 7歳頃に書いた書を見た萬福寺の12世杲堂元昶禅師から 七歳神童と自らの詩文に書かれたこともあり こうして少年時代からかかわりのあった萬福寺で 池大雅は生涯の折節にこの寺のために障壁画等を製作しました 五百羅漢図もその一部です この絵の元ネタは萬福寺所有の中国元の画家王振鵬の五百羅漢図です



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                     山水人物図  18世紀  国宝  遍照光院蔵

かつて高野山の塔頭遍照光院の大広間を飾っていた襖絵十枚を総称して「山水人物図」と呼ばれていますが そのうちの四面がこの「山中雅会図」です この絵は 山中の小亭で雅会を楽しむ高士たちを描いています 残りの六面のうち四面はこの小亭に向かっている人物たちを描き 残り二面が老松を描いている 




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                 楼閣山水図屏風  18世紀  国宝   東博蔵

南画といえば 私どもなどはヘタウマ絵の類などと思っておりましたが(笑) 池大雅は見事に大成しておりますね この楼閣山水図(原図は邵振先筆の岳陽楼大観図と酔翁亭図)などは 南画の類というには憚られるものです 書家 画家として名が知られてくると 至る処から執筆依頼が来るものです 楼閣山水図屏風は昭和の始めまで 一橋家所蔵品であった 徳川治済(1751〜1827)が1767年に京極宮の在子を正室に迎えた時の嫁入り道具の一つであった言われています・・それが本当ならば 当時 池大雅は 京で一流の文人になっていたわけですね



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                    十便帖 「眺便」  1771年  国宝  川端康成記念會蔵


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                    十宜帖 「宜夏」 与謝蕪村 1771年 国宝 川端康成記念會蔵

言わずと知れた 十便十宜 2帖です 十便図を池大雅が 十宜図を与謝蕪村(1716〜1784)が描いているのをそれぞれ合本にいたものです これの元ネタは清の劇作家李漁(1610〜1680)が 伊園の草庵での生活を「十便十二宜詩」で詠ったもの 訪問者に草庵での生活は不便だろうと言われたのに対して いやいやそんなことありませんよということで 便(便利なこと)と宜(よいこと)の詩をつくって応えた この詩をもとに 尾張の豪農で南画家たちのパトロンでもあった 下郷学海が池大雅に制作を依頼 交友があり 年長でもあった 蕪村に協力を求めて 2大巨匠の作品が誕生したんですね この十便十宜2帖は 川端康成が所蔵していたことで有名です 
下郷家が長らく所蔵しておりましたが 後に九州の実業家松本枩蔵(1870〜1936)に渡りましたが 不正手形事件を機に1933年 競売にかけられて 川端康成に渡りました 川端はこれが本当に欲しくて 家を購入する資金を使って手に入れたと言います 後に1951年に川端康成所蔵のまま 国宝に指定されています そういえば 浦上玉堂の凍雲篩雪図 国宝 も所蔵していましたね 



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                 蘭亭曲水・龍山勝会図屏風  1763年 重文 静岡県立美術館蔵

大回顧展と銘打つだけあって 展示作品の多さに 満腹になってしまいました(笑)  最後に 私が気に入ったのが この蘭亭曲水・龍山勝会図屏風です 晋の故事をもとに 春の「蘭亭曲水」と秋の「龍山勝会」とを両隻に描き分けた大きな屏風です  自身のこれまで培った緻密に ベテランの技巧を加えた画でありながら まことに自由闊達 まさに天衣無縫に筆を運んでいるように描ていますね 自賛していますが これは自画自賛しても顰蹙は受けないでしょう(笑)  まだ 国宝になっていませんので 競売にでも出たら家を売ってでも手に入れて下さい(笑)


                                
                                      ということで   おしまい




                        

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