特別展「高麗青磁-ヒスイのきらめき」  大阪市立東洋陶磁美術館

こちら 上方では台風がまたもやって来るという 切羽詰まった状況だったのですが その間隙を縫って 中之島の東洋陶磁美術館に高麗青磁を観に行って来ました

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       特別展「高麗青磁-ヒスイのきらめき」 大阪市立東洋陶磁美術館 平成30年9月1日~11月25日

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最初に断っておきますが 私はカタモノ・・陶器に関しては門外漢・・というか興味がないというか・・ですので これまで この東洋陶磁美術館にも足を運んだことはなかった さて東洋陶磁美術館は中之島の中央公会堂の前に 有名な安宅コレクション(965点)を中心に1982年にオープン 現在 中国 朝鮮の陶磁を中心に約4000点を収蔵  今回の高麗青磁もそのコレクションを中心に 三の丸尚蔵館 寧楽美術館 東博 大和文華館 根津美術館 静嘉堂文庫美術館などなどから243点が出品されています  陶磁器美術の世界でも 特に幻と言われている高麗青磁の逸品と呼ばれるものが一堂に会するというので 今回 足を運んだわけです そうでもしないと東洋陶磁美術館に行くことがないですから(笑)

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    館内  台風接近からか ほとんど誰もいません まあ 高麗青磁というのがもう一つ地味ですからね


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         館内は指定されたもの以外は撮影OKなので パシリパシリと撮りまくりです

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高麗青磁は 中国の越州窯の青磁技術の影響を受けて 早くて10世紀頃に始まり 12世紀に最盛期を迎えたが高麗青磁は高麗王朝(918~1392)の滅亡とともに姿を消し 人々にも忘れさられた いわば「幻のやきもの」でした 高麗王朝の滅亡から約500 年の時を経た19世紀末から20世紀初頭にかけて 高麗の王陵をはじめとする墳墓や遺跡などが掘り起こされ 高麗青磁は再び世に現れました 翡翠のきらめきにも似た美しい釉色の高麗青磁は 瞬く間に当時の人々を魅了し 19世紀にはこの高麗青磁を 韓国人や日本人が再現しました こうした19世紀の再現品も展示してありました 

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実にシンプルですね 高麗青磁を 例えば 茶湯の千利休は知っていたのか・・・後の高麗茶碗とは全然違うからね

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       高麗青磁は別に 壺や皿や椀だけとはかぎりません 色々なものが作られています


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            一輪挿し 欲しいですね 玄関に置いておけば 趣味がいいと思います


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             青磁陽刻 龍波濤文 九龍浄瓶  12世紀 重文  大和文華館蔵
  
ポスターに使用されたものです これ東洋陶磁美術館のものじゃなく 大和文華館のものなんですね 釈迦が誕生した際に天から九龍がこうずいを降り注いだという「九龍灌頂」の説話に因み 九龍をモチーフにした類を見ない作品です また浄瓶というのは仏前に清水を捧げるための仏具であり 精緻に造形されヒスイのきらめきをたたえたこの高麗青磁は まさに浄瓶にふさわしくこの展覧会の中の最高傑作 だそうです

たまには こういう 美術展を観るのもいいもんですな これまで 高麗青磁のことなどほとんど知らなかったのですが・・・勉強になりました  まだ 展覧終了まで時間がありますので 興味のない方でも一度覗いてみてください

さて 常設展示の方も観て参りました
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                    国宝の飛青磁花生も撮影OKです



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                京博の国宝展で観た 油滴天目茶碗も 撮影OK



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さて 東洋陶磁美術館の正面にある 大阪市中央公会堂 今年11月は公会堂完成から100周年ということです 私がよく 公会堂の地下にあった超レトロな食堂・・現在はリニューアルされて残念な食堂になっています・・でカレーライスを食べていた頃は かなりガタがきている公会堂でしたが 1999年から3年半かけて保存 再生 耐震工事が行われて綺麗になりました(内部もユニークな設計がしてあり 大中小の各集会場も素晴らしい 一見の価値あり) 大アーチ(パラディアンモチーフ)の上にあった・・戦争で金属共出された・・シンボル像も復活しています この公会堂は 大阪の株の相場師 岩本栄之助(1877~1916)が渡米実業団としてアメリカを視察した際に 富豪家が公共事業に寄付しているのに感銘を受けて 自分も財産があるうちに寄付をと 当時100万円(現在の数十億円)を大阪市に寄付 公共の発展にと公会堂の建設が決まった しかし その直後 株相場に失敗 破産してしまう 寄付金を担保に融資するという大阪市の話も断り 公会堂の完成をみることなく毅然とした態度で自殺 残ったわずかな全財産も妻子の生活費にするな 債権者に提供せよと遺言していた 公会堂は戦争での破壊を免れ GHQの接収も跳ね除け 高度経済成長期の取り壊し建て替えも乗り切り 1988年永久保存が決まり 再生工事完了にともない2002年 重文に指定された さて かたや安宅英一(1901~1994)自分の身から出た錆とは言え 総合商社安宅産業を消滅させてしまった大馬鹿野郎だが その集めた珠玉の安宅コレクションは手元を離れて 公共に開放された・・・その東洋陶磁美術館と公会堂は向い会って何を考えているのやら・・ 





    さて 家の外は台風24号の雨風が強まって来ました 被害が出ないように みなさまもご無事で・・・