第70回正倉院展 奈良国立博物館と興福寺中金堂

こちら 上方では穏やかな秋の日々が続いております みなさんの地方はどうでしょうか さて今年で平成も終わりますね(2019年4月30日) 人の世・・時代が変わろう?としているのか・・・明治 大正 昭和 平成 時代が変わっているように見えているけれど 本当はなにも変わっていない ただ移ろい流れて行くだけです・・・  人智を超えた大きな歴史の流れは悠々として 100年 1000年ぐらいで変わりはしないような気がします という事で1000年の時を超えて奈博の正倉院展に行って来ました



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                        第70回正倉院展   奈良国立博物館   11月12日まで


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本日 奈良は朝からどんより曇り空です 少し肌寒いですね 興福寺では 天平様式に復元した中金堂が先日 完成 10月7日から5日間落慶法要が営まれましたね 後でちょこっと寄り道してみましょう

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奈博に到着 待ち時間は15分  入り口で入場券をもぎる人がおっちゃん1人しかいないので そこで列が詰まっているんです


さて 奈良帝室博物館で第一回正倉院特別展観(1946)が始まってから 今年の正倉院展がちょうど70回目という事です この第一回の時が正倉院御物の初めての一般公開と思っておられる方がいますが 実は 明治8年(1875)に東大寺大仏殿と回廊で行われた第一次奈良博覧会のおりに法隆寺の所蔵品と共に正倉院御物が展示されました この第一回は80日間行われ約17万人が来客しました 実際にこの博覧会に行ったことがあった古老の聞き取り調査で 法隆寺や東大寺 正倉院の品以外に様々な珍しいものが展示してあり 催し物というか見世物小屋もあったりとお祭り騒ぎの様だったらしい 博覧会はその後明治27年(1894)まで18回開催されました



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                          平螺鈿背八角鏡    北倉

この鏡は国家珍宝帳に記載されている 聖武天皇ご遺愛の鏡 螺鈿細工がまことにきれいな大振りな鏡です とても実用品とは思えません(笑) 第59回正倉院展の花鳥背八角鏡 第64回正倉院展の平螺鈿背円鏡と同じく 1230年に東大寺の元僧円詮と葛上郡の僧顕識に盗み出された8枚の鏡の内の一つです 鏡が銀製だと思い 地金として売ろうとしたしたが 銀製じゃなかったので売れませんでした 頭にきて壊すとそのまま東大寺大仏殿の前に打ち捨てました そのまま 正倉院で保管 明治時代に修復されました 螺鈿も半分ほど失われており 鏡は八つの破片に分断されていて銀のかすがいで修復されています 今回裏面は見れませんが 無残な状態になっています


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                      玳瑁螺鈿八角箱  中倉

玳瑁は海亀タイマイの甲羅 螺鈿は貝殻 それを使って まことに見事に作られています 私は螺鈿細工の最高峰の一つではないかと思います 上蓋の端が緩やかにカーブしているのですが その部分にも狂いなく玳瑁螺鈿が巧妙にはめ込まれています 御物でなければ 国宝でしょう 現代 これをそのまま復元制作することはできるかもしれませんが 千数百年前にこの箱の デザインをいちから考えて作り上げた事に驚きを隠せない

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                       沈香木画箱  中倉

これは献物箱と説明されています 何を献物したのかわかりませんが 想像させられます 各面の中央に伏彩色のある水晶板を配し 木画や沈香・紫檀の薄板で囲む 沈香の部分には金泥で山水を描き 水晶の部分には極彩色で動物や草花を描く また 床脚は象牙製で 鳥獣葡萄唐草文を透かし彫りするなど 手の込んだ作りであるということですが キディランド辺りで売っていてもおかしくない化粧箱ですね(笑) 


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                           新羅琴  北倉

新羅琴は読んで字のごとく 新羅(朝鮮)由来の琴です 弦が12弦あり 新羅では伽倻琴と呼ばれています 聖武天皇遺愛品として正倉院に収められた献納目録に新羅琴の記載がありますが 御物の出入れを記録した雑物出入帳によると 弘仁十四年(823)2月19日に出蔵された「金鏤新羅琴」に代わって同年4月14日に代納されたもの らしい 出入の経緯はわかりませんが 当時は御物の出入が頻繁にありました 


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                         磁鼓  南倉

奈良三彩の陶器製の鼓の胴の部分 これの両端に革を張って楽器として使われた 陶器製の堤というのも手に取って打ち鳴らすのに少し重たいんじゃないかと心配してます(笑) 少し破損したところがありますが 修復されています この磁鼓は 明治5年(1872)に初めて行われた文化財調査(壬申検査)で調査された正倉院御物約100点のうちの一つです 壬申検査は廃仏毀釈や文化財の海外流失などで危機感を持った明治政府が 日本の社寺などの重要文化財を対象に行ったもので 正倉院も調査対象になりました 今では当たり前に行われていますが・・・


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                           仏像型   南倉
   
当時の寺院の内装を荘厳に飾るための押出仏の型(銅製鋳造)と思われるもので まったく同じものが他に2面正倉院に伝わる この型の上に銅板を置き 鎚で像容を打ち出したとみられるが 現在この型に合う押出仏は知られていない ということです この仏像型は 第一回正倉院特別展観にも出品されました  


さて 今回で通算70回目という正倉院展 超目玉はありませんが  古代の女性のスカート 錦紫綾紅臈纈絁間縫裳などなど 見もの?がありますので 興味のある方はどうぞ 秋の奈良へ・・


ということで
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           奈博の外へ出ると なんと 綺麗に空は晴れ上がっておりました 


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     奈博から 春日大社東塔跡を抜けて 興福寺へ寄り道 気温も上がって 実に快適な気候です


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途中にある 興福寺本坊・・・っていうか あまり興福寺の本坊は知られていませんよね 修学旅行の学生だけでなく 一般の観光客も素通りしています(笑)  この表門は天正年間(1573~1592)に建立された正面4.5m 側面2.6m、本瓦葺きの四脚門で 明治40年(1907)に菩提院北側築地の西方に構えられていた門を移築したとのことです

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本坊は 今でいうところの寺務所で 他の伽藍が仏道に関するものであれば この本坊は人間(僧侶)が関わる場所


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             完成したばかりの興福寺 中金堂が見えてきました


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                        南大門跡から

中金堂は これまで7回 焼失して その都度 再建されてきましたが 1717年に焼失した後は 再建されないで小規模の仮堂が建てられただけでした 1991年に中金堂再建を中心に境内整備委員会が発足され 境内周辺の発掘調査等が行われました(現在も周辺で継続中) 中金堂の創建当時の礎石などが調査されて今回 創建当時そのまま?に再建されたわけです このプロジェクトは継続されて ゆくゆくは金堂を巡る回廊と南大門も再建される予定(現在は基壇だけ復元)

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完成したばかりの中金堂には興福寺本尊 五代目木造釈迦如来坐像が安置されました 中金堂の柱は 直径77cmで長さが10mのものが36本 直径62cm 長さ5.3mのものが30本使われ ベンガラで赤く塗られています 現在国内でこれほど大きな木材は入手困難で アフリカ産のカメルーンケヤキが使われています



さて 最後に 修学旅行生や外国人観光客で賑わう境内を離れ 静かで落ち着いた 五重塔や中金堂のベストビューポイントへ

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                                                      おしまい