佐竹本三十六歌仙絵を観に行く  京都国立博物館

さて 世間では即位礼(正殿の儀)・大嘗祭(大嘗宮の儀)も滞りなく終り 皇太子が皇統を継承 新天皇になったわけです ということで 即位礼や大嘗祭というのは 皇室にとってとても大事な儀式です かの明治天皇は 維新のどさくさに紛れて1871年 こともあろうか坂東の地 東国の江戸で即位してしまいました これはまずいとなったので 1889年制定の旧皇室典範では この二つの儀は 京都(畿内)で行うと明記されました・・ので 大正 昭和と京都で行われました まあ当たり前のことなんですが しかし 戦後の皇室典範では 大嘗祭の項目が無くなり 即位の礼もどこでやるのかの規定もないので こともあろうか(笑) 平成 今上とも東国でやっちゃいました これ・・まずいですよね(笑) それと現憲法で定めた政教分離のもと 大嘗祭は宗教儀式だからとかいっているけど しかたがないでしょ 天皇は日本の八百万の神々の代表であり 皇祖神の天照大神から地上を治めることを託されています しかもすべての日本人はルーツをたどれば八百万の神々に行き着くわけでして・・誤解を恐れずに言えば 日本人のやる事なすこと全てが 宗教儀式になっちゃいますね(笑) だって 天皇も日本人も全て神々の子孫だからです そういう性格のものなんですよ だから天皇だけを日本国の象徴であり日本国民統合の象徴なんて漠然として意味がありそうでない 訳のわからない言葉で言ってしまうと 天皇が可哀想でしょう だってどう考え行動したらいいいかわからない 明治憲法で明記される以前から千年以上も「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」として続いて来たし それが天皇の本来の地位です 時代錯誤じゃないですよ((笑) 象徴なんて言っているほうがよほど時代錯誤です((笑)



ということで 戯言はこれくらいにして京都へ 佐竹本三十六歌仙絵を観に行きました

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特別展 流転100年 佐竹本三十六歌仙絵と王朝の美  京都国立博物館  24日まで



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どんよりとした曇り空の下 ほぼ開館とともに京博に到着 西入り口は人は疎らですが10分待ちということです


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館内の木々は 見事に紅葉しております 今にもあ雨が降りそうで少し肌寒い


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特に 待つことなく エレベーターは混んででいたので 階段で3階へ


さて 三十六歌仙絵巻とは いうまでもなく 藤原公任(966~1041)が選んだ歌合形式の歌撰「三十六人撰」の中のすぐれた歌人36人を絵巻にしたものです 時代が違う歌人たちが 一同に会して歌を詠みあえば・・・という夢の競演です したがって絵巻や三十六人撰の写本が時代とともに広く出回っています


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西本願寺本三十六人家集 重之集 国宝 平安末期 西本願寺蔵

藤原公任の三十六人撰の最古の写本です 元々は三十三間堂の宝物庫にあったと言われています 後にどういう経路かわかりませんが後奈良天皇から本願寺へ下賜されました(1549年) この時点では38帖揃っていたらしいのですが 一部は散逸してしまいました  


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手鑑 藻塩草 室町切 部分 国宝 奈良〜室町時代 京博蔵

西本願寺本三十六人家集のうち 一部散逸した人麻呂集と業平集は それぞれ分割され「室町切」手鑑 藻塩草 「尾形切」手鑑 大手鑑と呼ばれています 手鑑は経巻や歌書・消息などの巻子本や冊子装からその一部を切り取って収集し 帖に編集したもので 古筆切の筆者の定め方 古筆の種類や その配列の次第などから古筆鑑賞の推移をうかがうことができるもので  この手鑑は奈良時代から室町時代までの242葉のすぐれた古筆切を収めています


三十六歌仙絵巻のうち佐竹本(上下2巻)はその名の通り・・どういう経路で伝来したのかわからないが・・秋田の佐竹家に伝来したものです 後に佐竹家が財政難に陥り 大正時代 絵巻物を売りに出した時の顛末はあまりにも有名なので詳しくは書きません


佐竹本の筆者は藤原信実(1176~1265)絵詞の筆者は後京極良経(1169~ 1206)とされていますが 確証がなく 制作年代も鎌倉時代中頃ということしかわかりません 佐竹家に伝来する前はどこにあったのかわからない 元々 下鴨神社に奉納されていたものといわれているが もちろん確証はない この時代にありがちな謎が多い絵巻物です(笑)

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益田孝 鈍翁(1848~1938)

1919年 三井物産の社長であった益田が 佐竹家から山本唯三郎に渡り さらに売りに出された佐竹本があまりにも高価で買い手がつかず 海外流失の恐れもありということで 苦渋の決断?をしたのが 絵巻切断です 実際には 切ったのではなく 張り合わせていた絵巻を一枚一枚はがしたのですが これにより 二度と絵巻物は元に戻らなくなりました というのもそれぞれ購入した者たちが思い思いに掛軸に装丁してしまったからです そのまま元に戻したら国宝ですね 


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応挙館(旧明眼院書院 益田が買取 品川御殿山に移築した 現在は東博敷地内に移築されている)で分割された佐竹本三十六歌仙絵巻物が くじ引きで購入者が決められた 


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応挙館の障壁画 芦雁図 円山応挙 今回の展覧会ではこの障壁画も展示してありました この 雁たちは絵巻物の行く末を観ていたのですね



さてさて 本題に入りましよう 私は佐竹本三十六歌仙 これまでに MOA美術館の平兼盛像 泉屋博古館の源信明像 萬野美術館の源公忠像ぐらしか見たことはないですね それもたまたまです(笑)  

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在原業平像  重文  湯木美術館蔵     

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源信明像 重文 泉屋博古館蔵


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素性法師像 重文 個人蔵


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坂上是則像 重文 文化庁管理


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住吉大明神 重文 東博蔵  これは 歌人の像ではありませんね 住吉大社の景観図です 古来より住吉大明神は和歌の神様としても信仰をあつめていましたから 佐竹本下巻の最初にこの絵が描かれています ちなみに 現在は失われて所在不明になっていますが 上巻の最初は賀茂御祖神社の玉依姫命(景観図?)が描かれていたらしい


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小大君像 重文 大和文華館蔵  分割された歌仙絵ですが やはり女性の絵は人気があった  36人中女性は5人 今回の展示では 小野小町とこの小大君の2人が出品されています 一番人気は斎宮女御で4万円の値が付きました 今なら1億円?ほどです 二番人気が小野小町で3万円 この小大君は三番人気で2万5千円です 斎宮女御は手で顔を隠していますし 小野小町にいたっては後ろ姿です それでも高貴な人とか有名な人が人気があるのですね 斎宮女御は益田孝自身がなんやかんやで手に入れています(笑)現在は個人蔵 私などはこの小大君が一番いいのではないか思いますね 赤く目立つ唇がなんとも印象的で・・・ムフフ


現在 分割された佐竹本の歌仙絵ですが 個人蔵が多く まとまって出品出来るような今回の展覧会などはそうそう出来ないと思います 今度は出来れば 5人の女性の歌人だけあつめての展覧会してほしいですね


                                ということで   おしまい


                               前回の京都国立博物館は 京博寄託の名宝を観に行く                 




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