高野山へ 高野街道 町石道 京大坂道不動坂  慈尊院~大門~極楽橋 その2

町石道を歩いて 高野山まで登りましたが ここから帰りは 南海電車の極楽橋駅まで行かなくてはいけません ほとんどの人は バスか歩きで高野山駅まで行きそこからケーブルカーに乗って極楽橋駅ですが 折角 女人堂から極楽橋までの京大坂道の旧不動坂ルートが復活したという事なので そちらを歩いてみましょう 

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町石道の一町石がある場所からすぐ横に 金剛峯寺の中門があります 私が以前ここに来た時はなかったですね 2015年に再建されたとのことです 

しかしながら 高野山全体に 人っ子ひとりいませんね・・・静寂が支配しております 九度山駅から歩いて未だに誰一人と会わないです カモシカだけですかね(笑)


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中門を潜った先に 金堂 1938年再建 

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手前が御影堂 1847年再建 奥が准胝堂 1883年再建 


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山王院 1845再建


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六角経蔵 1934年再建

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根本大塔 1937年再建 


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愛染堂 1848年再建 手前左の町石は 奥の院の弘法大師御廟まで36ある町石の一町石



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不動堂 鎌倉~南北朝時代? 国宝  近世に再建されたものばかりの壇上伽藍の中でも その存在感を際出させているのが不動堂です しかし もともとはここにはなかった 現在の女人堂がある手前の一心院谷にあったのだけれど 1908年に解体修理を受けてのちにここに移築されました 当時の地図や写真から復元すると 道路拡張のために移転されたみたいですね 

高野山開創1200年記念 高野山の名宝  


さて 京大坂道の起点として あくまでも古道にこだわる私としては 不動堂の横 愛染堂前にある奥の院一町石を起点としたい 実は 高野山は有名は高野七口というのがあります 町石道 黒河道 京大坂道 小辺路 大峰道 有田龍神道 相ノ浦道なのですが それぞれの出入口が 高野山を囲む女人道にあります 御土居に囲まれた京七口と同じようなものですが これは秀吉が御土居を造った時に高野山を真似た・・本来京の出入口は羅城門のみです それでもここは敢えて町石の一番を七口の古道の起点としたい・・江戸の日本橋や大坂の高麗橋のように・・私の我が儘ですが(笑) 

 

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という事で 一町石から愛染堂の裏手に出ます 親王院と宿坊総持院の間の細い道を行くと山道になります これが壇上伽藍中心部から 旧不動堂を通り 女人堂から京大坂道へ至る古道です


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山道を超え 曲がりくねった道をしばらく行くと 拡張された道へ出ます

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今出て来た道が赤い昔の郵便ポストのある道です 女人堂の方へ曲がって歩きます

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すると 道路脇に大きな杉があります 向いの奥に 金輪塔が見えます あのあたりが一心院谷で 今白い車が止まっている辺りに不動堂がありました つまり 不動堂は一心院に元々あったということです 一心院は江戸時代中頃は廃れて今はありませんが 研究者の中には 元々不動堂は一心院の本堂で阿弥陀堂ではなかったかともいわれています 

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さてさて 先へ進みましよう ようやく 高野山不動坂口が見えてきました

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高野山不動坂口  明治5年政府から女人禁制廃止令が高野山にだされるまで 女性はここから先へ行けませんでした・・・ということですが 最初は高野山側は廃止令に対して抵抗します(笑) ようやく高野山側が渋々全面解除に応じたのは明治14年です
  

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高野七口で唯一現存する女人堂 創建はいつごろかわかりませんが・・伝承では 鎌倉時代 越後の小杉という大変美しい娘が 艱難辛苦の末 弘法大師の加護をえて 高野山へ行こうとしましたが女人禁制で仕方なく この不動坂口に草庵を建て 参詣で訪れた女性を接待したのが始まりだそうで その後 それぞれ出入口にも置かれました・・ 江戸時代の初め頃にはすで他の女人堂はなく ここだけが残っていたらしい 今日は誰もいませんので 扉が閉まっています 中には大日如来を中心に 左に役行者 右に弁財天が祀られています

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女人堂の前には有名な お竹地蔵もあります 高野山で一番大きな地蔵です さてここから 不動坂目指して行きます


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とは言っても 古道はバス道路で消滅しています


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しばらく行くと 右側に古道です 案内版があるので迷うことはありません て言うか普通は極楽橋から高野山目指して歩きますが 言うまでもなく今回は町石道で高野山を目指しましたので 帰りは京大坂道を逆ルートで歩きます

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で 京大坂道は 呼び名のごとく 京都や大坂からの高野街道と直結しており 最短距離で高野山へ行ける 比較的歩きやすい道です 江戸時代から高野山へのメインルートとなり大変賑い そのため 道の整備が時代ごとに行われており 町石道のような古道の面影はありません 唯一残っていた 不動坂の古道も いろは坂 花折坂などの難所があったため 1915年の高野山開創千百年記念大法会を機に不動坂道が新しく整備され 難所部分を避けて別ルートの新道が造られました ということで 今は整備された道を歩きます

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やがて 道の脇に地蔵 不動 大乗経典供養塔

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ここから整備された古道は新道と旧不動坂古道と分かれます この旧不動坂が2012年に100年ぶりに復元整備された古道です 当然ながら 私もこの旧不動坂古道を歩くのは初めてです このルートで高野山にいくのは まだ子供の頃で 確かケーブルカーで来たように思います(笑)

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旧不動坂古道に入ると すぐ花折坂になります 名前の由来は 高野山を目前にした参拝者たちはこの場所で花を摘んで華瓶に供えた と言うことです 実際に復元整備に伴う発掘調査で この付近で江戸時代初期の華瓶が発見されています(高野山結界道 不動坂 黒河道 三谷坂及び関連文化財学術調査報告書 和歌山県教育委員会 2012)

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逆ルートなので 花折坂を登るのではなく下ります 100年もほとんど人が通らなかったので 道の保存状態はよかった?のかどうかしれませんが 整備前の熊野古道の中辺路を歩いた時を思い出しました 物凄い草や木々に覆われていたのでしょうね 人が歩かなかったので至る処に木の根っこがはびこり非常に歩き難いです(笑) 


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花折坂を下り切ったところ 新道との合流に 清不動堂があります 元は「外の不動堂」と呼ばれ 旧不動坂古道にありましたが 1915年に不動坂が改修され新しいルートが出来て 参拝者の往来がなくなり 外の不動堂は荒れ果てました そこで 1920年に大阪の桝谷清吉 寅吉の親子が 新道の不動坂へ清不動堂として修復移転させたのがこれです 「外の不動堂」跡は後ほど・・


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旧不動坂古道は整備された古道と合流します

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こんどは整備された古道の左側に 旧不動坂が分かれます

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こちらの方は 平坦で歩きやすい道が続きます 鳥の鳴き声が聞こえ 下の方に滝があるような水音がします 確かこの辺りに近松門左衛門の「心中万年草」で高野山吉祥院の稚児成田粂之助と神谷村の雑貨屋の娘 お梅が無理心中した兒滝があるのですが見えません


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不動堂があった場所も「外の不動堂」跡として復元されています 不動堂は詳しいことはわかりませんが 弘法大師が草創したとの伝承で その伝承にもとずいてこの場所に江戸時代中頃 備前の国の野崎家久入道が再建したという 1883年に焼失し 1887年に大阪伏見町の上田みちという助産婦が再建しました そしてその不動堂が 1920年に修理されて 清不動として現在の場所へ移転されました 不動坂の不動とはこの不動堂から来ています

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外の不動堂跡から少し行くと 萬丈が嶽と呼ばれる場所があります 説明版によりますと 江戸時代に 高野山で罪を犯した重罪人を手足を縛り ここから投げ落としたという 「萬丈転がし」とも呼ばれていました まあ 早い話が罪人の処刑場だったんですね 僧籍にあるものが刃物を持って人を罰する事も出来ないから こういう罰になったんでしょうか・・

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下を覗いてみましたが 確かに崖ぷっちになっていてかなり深そうです 転がすというより 投げ落とすですね 弘法大師のご加護で運が良ければ命は助かる? いやいや 悪い事はしてはいけませんよ


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さて 崖ぷっちの後は 京大坂道最大の難所 いろは坂です 曲がりが48もあるから「いろは48」という事で アイドルグループじゃない(笑) 花折とかいろはとか 何か乙女チックなネーミングが付けられていますが 生易しいもんじゃありませんよ不動坂は えっ?不動坂48 だからアイドルじゃない!

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いや~ 一体いくつ つづら折りが続くのか この坂を登るのは相当きついと思いますね 私は下りるほうでしたが これはこれで足に来ました 膝が がくがくになります(笑)

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坂を下ると ケーブルカーの線路が見えてきました ゴールは近いです

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足腰に自信がない人はケーブルカーで・・・1930年開業 南海電鉄 極楽橋駅から高野山駅まで 延長約900m 標高差327mを約5分で登っています 運賃は片道 500円也

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ケーブルカーの線路下のトンネルを抜けます 

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不動谷川に架かる極楽橋が見えて来ました なんかホットしましたね(笑)

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橋を渡ります 渡り切ったところに 不動坂の案内版 ここが不動坂終点です 高野山に行く方は出発点です 京大坂道は終じゃないですよ まだまだ続きます  この橋は1954年にかけ替えられたものです 昭和30年代までは橋のたもとに橋の茶屋があったそうですが 今はコンビニも何もありません(笑) 橋の名前は 江戸時代までは不動橋でした まあ 何でも受け入れる 懐の深い高野山のことですから 極楽橋でもいいんじゃないですか 平安時代 浄土信仰の広まりの中で 高野山も高野浄土とも呼ばれ 宗派を超えて様々な人々のお墓があります 親鸞の供養塔までありますからね(笑)

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さて橋を渡って 下に降りると 京大坂道は 神谷の集落へ向かうために右へいきます

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私は 極楽橋駅へ行くので 左へ

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極楽橋駅に到着! 午後4時  九度山駅から 町石道 壇上伽藍から不動坂 極楽橋駅と 30㎞くらい歩きましたか 中高年の私には少々疲れました  機会があれば 京大坂道を橋本まで歩いみたいですね


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4時9分 ちょうど電車が来ましたので 乗って帰ります  ビール飲みてぇ~

おわり


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